ここだよ、と連れてこられたドアの前はとても静かだった。全てを拒絶するかのようにドアはしっかりと閉まっている。煌輝の兄が、何かあったら呼んで、とその場を後にしてから、萌はそっとドアに触れた。
「煌輝……話したくてここまで来ちゃった。開けてくれないかな?」
中から、かたり、と小さな音が聞こえた。煌輝がこの中にいるのは確かで、きっと萌の声も届いているのだろう。ただ返事はなくて、萌が一度ゆっくりと呼吸をする。
「嫌ならここでいいよ。話したい」
「……兄貴から聞いたんだろ? だったらもう分かるだろ」
いつも聞く柔らかい声とはほど遠い硬く、冷めた声がドアの向こうから届く。その声を浴びた萌の体温が足元へと落ちていくような気がした。
萌は一度唇を強く結んでから再び口を開いた。
「……オーディションのことは聞いたよ。でも、僕と会えないのは分かんないよ」
本当は少し分かる。投稿した動画が思ったよりも再生数が伸びなかった時、アンチコメントを貰ってしまった時、どうしようもなく落ち込んで誰とも会いたくなくなるのは、萌にも経験がある。でも、そんな時だからこそ傍に居たいし頼ってほしい。
「無理だよ。今の俺、世界一ダサいから、萌の隣には立てない」
ドアが少しだけ揺れる。すぐ傍に煌輝の気配がして、萌は両手でドアに触れた。温かい体温が伝わるような気がして、萌の指先に体温が戻る。
「僕は、今煌輝に会いたい。開けてよ、ここ」
「無理だってば……俺、もう歌うの辞める。俺の自信あった歌もあれだけ練習したダンスも全部ダメって言われたんだよ……『俺』は不合格だって!」
叫ぶような、吐き出すような声が響く。萌はドアに付いていた手をぎゅっと握りしめた。煌輝の言葉が自身の傷を更に抉っているような気がして、萌は、違うよ、と咄嗟に声にしていた。
「煌輝の全部がダメなわけじゃない。そんなの、僕も、煌輝の周りの人たちもみんな知ってる。だから、歌を辞めるなんて言わないでよ」
「そんなの、身内なんだから当たり前に庇うよ、忖度する。ダメじゃないなんて、簡単に言える。萌には……才能がある『天』には俺の気持ちなんて分からないよ!」
ドン、とドアを叩かれ、萌が驚いて一歩後ろへ下がる。ドアよりも厚い壁が目の前にあるようで、萌はそこから動けなかった。
「……期限までまだあるけど、もう恋人、やめていいよ。俺は、萌にふさわしくないって、分かったから」
突き放すような言葉が萌に刺さって、言葉が出なかった。
その場にへたり込みたいくらい、その言葉が痛くて重い。しぼんでしまいそうな心を励ますように、萌は大きく息を吸ってから、ぎゅっと目を閉じた。息を吐いて目を開け、目の前のドアをまっすぐに見つめる。
「だったら、僕も歌を辞める」


