きらてん!~歌い手とバレて、学校イチのモテメンに告白されました~


 スマホの地図を見ながら、人混みを不器用に歩く。以前、煌輝と人で溢れるシネマコンプレックスへと行ったけれど、あの時はもっと歩きやすかった。煌輝が隣にいないことで、煌輝の優しさを感じるなんてなんだか切なくて、萌は空いたままの左手をぎゅっと握りしめた。
 目の前のスクランブル交差点の信号が赤になり、萌は足を止めて息を吐くと、目の前に視線を向けた。車が何台も通り過ぎるその向こう側に、知っている顔があるような気がして、萌は目を凝らした。
「……充くん……?」
 背が高く爽やかな笑顔が印象的な彼は、遠くから見ても目立つ人だ。そしてその周りにいるのは、クラスは違うがやっぱり華やかな同級生たちだった。よく廊下で集まって騒いで廊下を塞いでいる姿を見かける。萌はそれをいつも疎ましい気持ちで見ていた。
 今も充の周りに彼らがいる事が萌の考えを揺るがしている。萌は歩行者用の信号に視線を向けた。待ち時間を知らせる赤いバーはあと一つで、もうすぐ青になるようだ。萌は唇を噛み、足元に視線を向けた。あの集団の中に飛び込むのは怖い。
 車の音が止み、萌は顔を上げた。信号が青になり、人の波が一斉に動き出す。萌は震えそうになる足を無理に動かし、奥歯をぐっと噛み締めた。その視界に充を捉え、まっすぐに彼に近づく。
「み……みつ、る、くん!」
 声が上擦って、上手く言葉が出ない。目も合わせられなくて、萌は充の胸のあたりに視線を向けて近づいた。
「充、なんか呼んでる。知り合い?」
 先に気づいたのは充ではなく、隣を歩いていた男子だった。その声に顔を上げた萌は、彼と目が合いそうになって再び視線を下の方へと向ける。
「え……? あ、天羽……だよね?」
 充が足を止め、こちらに向き合う。萌が頷いてから少しだけ顔を上げると、充と同時に立ち止まった周りの友達たちの視線がこちらに集まっていて、萌は少しだけ後退りをした。けれどここで逃げるわけにはいかないと足に力を入れる。
「う、うん……あ、あのね、きき、たいことが、あって……」
 妙な緊張感が萌を包み、声が掠れる。話したいことはちゃんと頭の中にあるのに言葉にならないのがもどかしかった。
 その瞬間、充の傍に居た短いスカートを履いた女子が、くすくすと笑い出した。
 萌の背中が凍り付く。
「誰? 何、突然」
 その隣にいた女子も笑い出し、萌に向いた視線が鋭く刺さっているような気がした。
「……とりあえず、車道じゃ危ないから渡ろうか。天羽もとりあえずこっち」
 周りの声が聞こえていないように、充が歩き出す。萌もそれに頷いて歩き出したが、恐怖と緊張と不安で体中が固まっていたのか、横断歩道を渡り切ったところで派手に転んでしまった。
 かろうじて顔は付かなかったものの、アスファルトに擦れたひざと手のひらがじんじんと痛む。
「……ダサ」
 近くに居た充の友人だろう男子が呟くように萌に言葉を投げつける。
 確かに自分はものすごくダサいと思うし、こんなところで転んで泣きそうになっていることも消えてしまいたいくらい恥ずかしい。こんなだから煌輝に『会えない』なんて言われているのではないかとそんなことも考える。
 でも今は、煌輝の――『好きな人』の言葉を信じたい。
「天羽、大丈夫? 立てる? 具合悪いの?」
 萌の前にしゃがみ込んだ充がこちらに手を差し出す。萌はその手を取らずに顔を上げた。当然のように近くで充と目が合う。
「充くん、煌輝の住所、教えて!」
 はっきりと言葉にした萌を見て充が目を丸くしてから瞬きをした。唇がかすかに開いた時、その背後から、何それ、という女子の声が響いた。
「教えちゃだめだよ、充。絶対煌輝の家にトツるでしょ」
 頭上から笑い声を浴びせられ、萌が再び俯きかけた時、いいよ、と目の前の充が微笑んだ。
「煌輝と会う約束してるんだよね? 連絡取れなくなった?」
充がカバンからスマホを取り出し、画面に触れた。萌が座り込んだまま、いいの? と充を見つめる。今日煌輝と会う約束をしていることを充は知らないはずで、萌とだって一度会っただけだ。女子のように警戒されても仕方ない。それでも充は微笑んで頷いた。
「天羽なら大丈夫」
充がそう言い終わるのと同時に萌のスマホがポケットの中で震えた。慌ててスマホを見ると充からメッセージが届いている。
「……ありがとう、充くん」
「うん。あいつひとの事呼びつけておいて寝てること多いんだよな。しっかり起こしてやって」
充が立ち上がり、再び萌に手を差し出す。萌はそれを掴んで立ち上がった。
「ねえ、煌輝の住所教えていいの? 充」
充の傍にいた女子が、立ち上がった萌を怪訝そうに見る。萌は彼女から視線を逸らしたが充は、もちろん、と笑顔を向ける。
「天羽は煌輝と仲良いんだよ。知らなかったんだ」
「え? そう、なの?」
「うん。ほら、天羽は早く行ってあげて」
充が萌に視線を移し、微笑む。萌はそれに笑顔を向けて頷いた。
「ありがと、行ってくる!」
萌が駅の方へと向かう。背後で、確かに笑ったら可愛いかも、という声が聞こえたが、萌はそれに反応することなく駆け出した。