萌の家に向かいながら、萌は池田に煌輝との写真を見せられ、『写真を拡散されたくなかったら煌輝と二人で会わないで』と言われ、煌輝から距離を取っていたこと、そしてその写真は河下が撮っていたものだとさっき知ったことを、煌輝に話した。
萌が話し終わると、煌輝は自身の後頭部を乱暴にぐしゃぐしゃと掻いた。それから大きく息を吸い、更に大きく吐き出す。
「ごめん……それに気づいてなかった自分に今ものすごく腹が立ってる」
もう一度大きく呼吸をした煌輝に、萌が微笑む。
「言わなかったのは、僕だから」
「それでも……一瞬でも萌が理由もなく避けてると思った自分が嫌だ」
煌輝がぎゅっと唇を噛む。苦しそうなその横顔を見て、萌が一度ぎゅっと手のひらを握りしめてから、煌輝の小指に少しだけ触れた。
「僕……中学の時、いじめられたことがあるんだ」
静かに話すと、煌輝が萌の手を掴んで、いじめ? と優しく聞き返した。
「うん……陰口とか、ものを隠されたり……閉じ込めに遭ったこともあるんだ。発端なんてすごく小さくて、ただ僕の容姿と声が『女っぽい』ってだけ。だから、怖かったんだよね、写真拡散するってことが」
「また、いじめられるかもって?」
煌輝が強く萌の手を握る。少し震えているその手と凪いだ声が心強かった。萌が緩く首を振る。
「僕がっていうより、煌輝にその矢が向かうのが怖かったんだ。僕だって、煌輝を守りたかった」
萌が微笑んで顔を上げた、その時だった。つないだ手が引かれ、そのまま萌の体が傾ぐ。抱き止めたのは煌輝の胸と力強い腕だった。
しっとりとしたシャツと震える腕に包まれた萌は目を見開いたまま指先すら動かせずにいた。
「ごめん……一人で頑張らせて、ごめん」
さらに強く抱きしめられ、萌がどうしたら良いか分からず視線を泳がせる。静かな夕暮れに自分の鼓動の音だけが内側から響いていた。
煌輝に包まれたままの萌は、一度呼吸を整えてからおずおずと手を伸ばした。そろりと回した手で、煌輝の背中に触れる。温かい体温に触れ萌は、一人じゃないよ、と煌輝の胸に頬を預けた。
「煌輝が僕を諦めないでいてくれたから、頑張れた」
学校で二人の時間がなくなっても、出ないと分かっていた電話を何度もかけてくれて、素っ気ないメッセージもちゃんと受け取って、デートじゃなくていいから会いたいと言ってくれた。そんな煌輝がいてくれたことが萌の心の支えになっていた。
「諦めるわけないよ。俺は萌が好きなんだから」
その言葉を聞いて萌が顔を上げる。いつもの優しい笑顔があるかと思ったのだが、頬を染めている煌輝がいて、萌はそれがうつったように体温をあげてしまった。頬に集まる熱を感じて萌が俯くと、ごめん、と煌輝が慌てて萌を離した。
それから所在なさそうな手を一度握ってから大きく呼吸をして萌にいつもの笑顔を向けた。
「帰ろうか」
ゆっくりと歩き出す煌輝に萌が微笑んで頷く。
萌は煌輝の隣を歩きながら、ポケットに入っているスマホに触れ、連日見続けた五線譜を思い出した。
「煌輝、明日……予定ある?」
「ない、けど……」
「じゃあ、明日、デートしません?」
萌が煌輝を見上げると、煌輝は一瞬驚いたように目を開いてから、嬉しそうに頷いた。
「はい! します!」
敬語で返事をした煌輝に笑いながら、萌は明日煌輝に気持ちと一緒にこの曲を届けようと思った。


