店の裏口から出て、表の通りに出る前に、萌は一度大きく息を吸った。それから斜めに掛けていたショルダーバックの紐をぎゅっと握って店の前へと出る。
「萌、お疲れ様」
そんな萌と目が合い、一番に声を掛けてくれたのは煌輝だった。いつもの柔和な表情に萌が安堵の息を吐いてから近づく。
「迎え、ありがとう……どこに行く?」
萌は自身の前髪に触れながら煌輝を見上げた。少しだけ分けた前髪の隙間から煌輝の優しい目が見える。さっきの鋭い視線は萌の見間違いだったのかもしれない。
「カラオケは? 俺、萌と行きたいと思ってたんだ」
「え?」
萌が目を丸くして聞き返す。煌輝から過去の話を聞いているので、萌とはともかく、友達とは行きたくないのではないかと思ったのだ。煌輝はそんな萌の様子から察したのだろう。大丈夫、と笑った。
「この二人となら俺は大丈夫だから、萌が嫌じゃなければ」
どう? と聞かれ、萌は頷いた。
「僕は、全然嫌じゃない」
正直、煌輝に会えただけで嬉しいのだ。初対面の二人がいることはためらいもあるが、そんなのは煌輝との時間を天秤にかけるまでもなかった。
「じゃあ、行こうか」
煌輝が萌に手を差し出してから、あ、と気づいて引っ込める。本当はその手を取りたいと思う萌だが、苦く笑う煌輝に、萌もまた同じ顔で笑いながら、煌輝の空いた手を見つめていた。
「天羽くんの歌、めっちゃ良かった! またカラオケ行こう」
「今度、学校でも話そうよ。飯とかも行こう」
夕方七時を過ぎた、萌の家のある最寄り駅で翔吾と充が萌に微笑む。
翔吾も充も煌輝が『大丈夫』と言うだけあって、本当に萌に優しかったし、自然体で話してくれた。おかげで二人とは友達になれたと思う。萌にとって、久しぶりの感覚だった。
「うん。翔吾くんも充くんもここまで付き合ってくれてありがとう。また、ぜひ誘って」
萌が返すと、萌の後ろで、俺付きじゃなきゃ許可しません、と声がして萌が振り返る。そこには少し唇を尖らせた煌輝がいて、萌が思わず笑ってしまう。
「煌輝は心が狭いよなあ」
「煌輝は無視してメッセ送っていいからね、天羽」
煌輝の顔を見て萌と同じように笑い出した二人が、煌輝をからかうように言葉を重ねる。煌輝はすねたように目を眇めていた。
「別に心狭くないし! 充も萌といつの間に連絡先交換してんだよ!」
「あ、キレた」
「煌輝のそのキレ方、小学生の頃から変わんないな」
今にも地団太を踏みそうな煌輝を前に、それでも笑っている二人の様子を見ているだけで、この三人の付き合いがとても長く同時に深いことが分かった。
そしてこんなに子どもみたいな煌輝の顔を見られたこともなんだか嬉しくて、萌が思わず笑い出す。
「あ、萌まで笑うし!」
「ごめん……でも、今日楽しかった。誘ってくれてありがとう、煌輝」
萌が煌輝を改めて見上げると、煌輝は表情を笑顔に戻し、柔らかく頷いた。
「うん。また誘う」
「じゃあ、また」
萌がそう告げて歩き出そうとする。けれどなかなか足が前に進まなかった。
まだ、煌輝と離れたくない。
それでも萌は笑顔を崩さないまま、家への道をいつもよりもゆっくりと歩いていった。


