きらてん!~歌い手とバレて、学校イチのモテメンに告白されました~


 煌輝と会うことがないまま、夏休みに入ってしまった。
 学校に登校しているうちは教室で姿を見られたけれど、この先一カ月はそれすらもない。 会いたい気持ちは日々積もっていくけれど、約束を破ったことがバレた時のことを考えるとやはり怖かった。
「お疲れさまでした。お先に失礼します」
 萌は胸に靄のようなものを抱えながら、それでもきちんとバイトと配信はこなしていた。煌輝に何かあったと悟られないようにというのもあるが、自分の為にバイトも配信も休むことはしたくなかった。
 この日もバイトを終え、萌は暗い道を自宅に向かって歩き出していた。住宅街へと続く狭い道のせいか、街灯も少なく夜になると男の萌でも少し怖いと感じる道だった。でも今は、以前煌輝と手を繋いで帰った道だと思うと、不思議と歩調は落ち着いていく。それに、この帰り道の時間も今の萌にとっては貴重な作曲時間だった。萌は片方の耳にイヤホンを入れ、スマホを取り出した。先日入れた作曲アプリを立ち上げる。
 実はメロディラインはもう出来ていた。あとは和音を付けて、歌詞を乗せるだけなのだが曲調を明るくしたいのか、落ち着かせたいのか、自分でもまだ迷っていた。煌輝から受け取って自分の中で育った気持ちをただ形にしたいだけなのに、それが上手くいかない。
「ここ、半音下げた方がいいかな……」
 スマホの画面を操作しながら聞こえてくる音に耳を澄ます。イヤホンからの電子ピアノに似た音と同時に、イヤホンをしていない方の耳に、砂利を踏む音が響いて、萌が後ろを振り返った。遠くに街灯が光っているだけで、人も車もいない。二日前のバイトの帰りも同じだった。後ろから誰かが近づく気配がしたのにやはり誰もいなくて、少し速足で帰ったのだ。
 駆け足になる鼓動と冷えていく指先を感じた萌はスマホを握ったまま少し考えてから、画面を電話帳に切り替えた。丈人の名前で指を止めて、そのまま電話をかける。
 通話が繋がり丈人の『どうした?』という声がイヤホンから響く。
「叔父さん、ごめん……これから途中まで迎えに来てくれない?」
 家族には通勤の道を知らせているので途中で落ち合うことは可能だ。丈人は、もちろんいいけど、と返した。
『今どのあたりだ? もし何かあったならどこかコンビニとか人のいるところに……』
「いや、大丈夫」
 大丈夫という言葉と迎えに来てほしいというお願いの矛盾に何かを察してくれたらしい丈人が『今から家を出るから』と言ってくれた。その声の後ろでドアが開く音がしている。
 その音に安堵の息を吐いた萌は少しだけ後ろを振り返ってから歩調を変えることなく歩いた。

「足音?」
 家から徒歩五分ほどのところで丈人と合流した萌は、帰宅の道すがら、ここ最近バイトの帰り道だけ後ろから足音と人の気配がするのに振り返ると誰も居ないということが続いていることを話した。
 丈人は眉根を寄せて萌の言葉を繰り返し、そのまま言葉を繋いだ。
「誰かに付けられてるかもしれないってことか?」
「分かんないけど、もしかしたら……?」
「それ、『萌』をつけてるのか、『天』をつけてるのか、どっちかなんて分からないか」
 丈人の言葉に、萌は頷いた。煌輝に萌が『天』だとバレたので他のリスナーにも絶対にバレていないという確証はない。それに『萌』が後をつけられるようなことをした記憶もないのだ。だから、怖い。
「ただ……どこかで誰かに見られているかもしれないってことはあって」
先日池田に見せられた写真を思い出し、萌はぎゅっと手のひらを握り込んだ。
「そういえば、前に家の前まで来てくれた子がいただろ? その子に少しの間送って貰えないのか? 家まで来れば飯くらいご馳走するし」
「煌輝とは……しばらく会えない」
 夏休みなのだから、池田の監視が常にあるわけじゃない。例えば家で会うこともできるわけだが、なんというのか、密室に二人きりはまだハードルが高い。
「……まあ、若いうちは色々あるな。何があったにせよ、素直に気持ちを話すのが一番だろ」
 丈人が萌の頭を撫でながら笑う。煌輝との間に何かあったと察したらしく、それ以上は何も言うつもりはないようだ。
「うん……僕もそのつもりでいる。だから早く曲完成させたいんだ」
 スマホの中に入っている曲が完成したら、どんな状況だろうと煌輝に会って気持ちを告げると決めていた。この歌があれば、萌は何も怖くないと思えるのだーー煌輝を想って書いている曲だから。
 そう思うのに背後に視線を感じるような気がして、萌は片手に持っていたスマホを両手で抱えるように持ち直して家路を急いだ。