きらてん!~歌い手とバレて、学校イチのモテメンに告白されました~


 翌日、また翌日も煌輝との接触は避け続け、メッセージには『忙しいから』と返し、電話には出なかった。昨日も今日も煌輝の背中はずっと見つめていられるのに、今日の昼、一瞬だけ目が合った煌輝の表情は今まで見たことないくらい悲しそうな泣く一瞬前のようで、萌は長く見ていられなかった。配信に集中したい、なんてメッセージを送ったくせに昨日も今日も配信のネタを考えることすらせずに、萌はバイト先へと来ていた。
「天羽くん、調子よくないならカウンター代わろうか?」
 ありがとうございました、と商品を客に手渡したタイミングでそんな声がかかり、萌が振り返る。そこには優しい表情の河下が立っていた。
「いえ、特に調子は悪くないです」
 何かミスでもしたかと思い、萌はいつもよりも背筋を伸ばして首を振った。
「いつもより元気ないなと思ったんだけど……ほら、最近、物がなくなったりしてたから、そのせいかなと思って」
 大丈夫? と眉を下げた河下が、萌の髪を撫でる。萌はその手から自然に逃れようと一歩後退りをした。その手は優しいのに、なぜか少し怖かった。
「天羽くん……?」
 やっぱり萌の行動は不自然だったのだろう。少し首を傾げた河下がこちらに近づいた。
「すみません」
 河下が萌の傍にたどり着く前にそんな声が二人の間に響き、萌は咄嗟にカウンターに向き直った。
「お待たせしました。ご注文……は……」
 バイト用の笑顔を貼り付けてカウンター前の客に視線を向けた萌は、その人物を見ていつもの定型文が上手く言えなくなってしまった。
「……ちゃんと話がしたい、萌」
 そこに居たのは真剣な表情でこちらをまっすぐ見つめる煌輝だった。久しぶりにちゃんと目が合った煌輝からはいつもの柔らかな笑顔が消えていた。自分のせいかもしれないと思うとやるせなくて、萌は手元に視線を落とした。
「話、したいけど……」
 萌が再び視線を上げようとすると、煌輝の背後に人がいることに気づいた。ゆっくりと顔を上げるとそれは池田だった。彼女はポケットからスマホを取り出して萌に見せてから、鋭い視線でこちらを見やった。それは彼女からの『約束を守らなければ拡散するよ』の合図だ。
「ごめん……もう少し、時間欲しい。ごめんね、『井瀬』」
 煌輝は『萌』と呼んでくれたけれど、池田がいるこの状況で『煌輝』とは呼べなかった。何も知らない煌輝は、萌からの拒絶と捉えたかもしれない。実際、煌輝の表情は既に曇っていた。
「……河下さん、すみません。カウンター、代わってください」
 萌は俯いたまま近くに居た河下に告げると、きびすを返してカウンターを離れた。そのまま店の奥へと歩き、従業員用のトイレに入る。
「……どうしたらいいか、わかんないよ……」
 萌はじくじくと痛む胸を両手で押さえてその場にしゃがみ込んだ。
 煌輝に傷ついて欲しくないからこの選択をしたはずなのに、今度は自分が煌輝を傷つけている。出口のない暗い道を歩かされているような気分になり、萌は自身の体をぎゅっと抱え込んだ。一人がいいと思っていたはずなのに、今は一人が辛い。
 その時、萌のポケットに入っていたスマホが小さく震えた。顔を上げた萌がスマホを取り出すと、煌輝からのメッセージが入っていた。
『萌が話してくれるの待ってるから』
 その文字を読んだ瞬間、視界が潤み、歪んでいった。スマホの画面に一粒、しずくが落ちて弾ける。萌は頬を拭ってからゆっくりと立ち上がった。
 いつの間にか、泣くほど煌輝のことを好きになっていた。そんな人が『待ってる』と言ってくれた。
「ちゃんと伝えたいな……」
 萌は大きく息をしてからスマホのメモアプリを開いた。そこにはここ数日書き溜めている歌詞のキーワードが並んでいる。『秘密を打ち明けてくれた保健室』『君と歌った初めての歌』『手のぬくもり』『名前で呼び合った時の胸の高鳴り』――全部、煌輝に伝えたい言葉だった。
 萌はその続きに文字を打ち込む。
『君が大好きです』
 この歌ができたら、素直に煌輝に届けられる気がした。まだ怖いことはたくさんある。でも、この歌が萌の背中を押してくれると思う。
 萌が大きく息を吸い込み目元を拭ってからスマホをしまい込む。すると、ドアがノックされて、萌は慌ててトイレから出た。
「やっぱり具合悪いんでしょう? 天羽くん」
 急にカウンター業務を任せ、トイレに駆けこんだせいだろう。河下が慰めるように萌の背中に触れる。
「すみません、仕事放棄して……」
「ううん、それは大丈夫だけど……あの同級生、また来たね。しかも天羽くんのこと『萌』って呼んでた。大丈夫? 怖くて隠れたんだよね?」
 背中を擦る手がゆっくりと下りて腰の辺りで止まる。その違和感に萌は、大丈夫です、と河下から離れた。
「でも、この間もバイト終わりに待たれてたよね。仕方なく二人で帰ったの、知ってるよ。今日は僕が一緒に帰ろうか?」
 以前、煌輝が萌を迎えにきてくれていたところを見かけたのだろう。気にしてくれていることは有り難いが、仕方なくなんてことはないので心配は要らない。
「大丈夫です。怖かったわけでもないので……僕、仕事戻ります」
「そう? 何かあったらすぐ言って。僕は天羽くん……萌くんの味方だから」
 河下の笑顔はいつもと変わらないはずなのに、萌の背中がぞわりと震える。作った笑顔で、はい、と頷いてから萌は今の会話を思い出して眉根を寄せた。
「どうして急に名前呼び……?」
 なんだか急に背中が寒い気がして振り返るが、そこにはもう誰も居なかった。