『バイト終わるの、何時?』
煌輝からのそんなメッセージを確認したのは、バイトの短い休憩時間だった。
上がり時間を聞かれただけなのに、萌の頭の中は既にメッセージのやり取りをするのか、電話をするのかと色んな想像を始める。
萌は『9時だよ』と返してから、ロッカーの中に視線を向けた。それから、いつもあるものがなくて首を傾げる。
「今度はリップクリームなくした……?」
個人ロッカーだが、勤務時以外は鍵をかけない決まりになっているので、誰かが持ち出すことはできる。確かに他のバイトたちとはあまり話さず距離があるが、こんないたずらをするようには思えなかった。とはいえ、ここから物がなくなるのはこれが初めてではないのだ。前回はハンカチだったから、ロッカーから落ちて捨てられたのかもしれないと思ったのだが、さすがにバイトの制服のポケットに入れていたものが転がり落ちるとは考えにくい。
「天羽くん、休憩終わったらキッチン入れる?」
うーん、と首を捻る萌にそんな声がかかり、萌はロッカーから離れ、ロッカールームの入口に顔を向けた。そこには河下がいる。
「あ、はい。もう出れます」
「……何か、探し物?」
萌の様子がおかしいと思ったのか、河下がこちらに近づく。萌は、いえ、と首を振ったが、河下は萌のロッカーを覗き込んだ。
「何も探してないです」
萌は河下に迷惑をかけたくないと思い、咄嗟に嘘を吐いて、ロッカーの扉に手を掛けた。それに気づいた河下が体を離す。
「それならいいけど……ところで天羽くんって香水とか使ってる?」
「え……何も、使ってないです、けど……」
香水というキーワードだけで萌は煌輝に包まれた時の香りを思い出してしまい、言葉に詰まってしまった。なんだか少し頬が熱い気もする。
「ロッカー、いい香りがするね」
何か使ってるのかなと思って、と微笑まれ、萌が首を傾げる。この一瞬で匂いを嗅がれたのなら少し恥ずかしい。
「あの、僕もう、キッチン戻ります」
萌が扉を閉めてロッカールームを出ようとする。すると河下は、よろしく、と頷いてから更に言葉を繋いだ。
「リップ、見つかるといいね。僕も探しておくよ」
じゃあ後半も頑張って、と言われ萌はそれに、はい、と返事をしてその場を離れたが、萌はふと立ち止まった。
「……リップなくしたって伝えた、かな……?」
正直、煌輝の香りを思い出したあたりで、それまでの会話の内容なんて全部飛び去ってしまっていて覚えていない。きっと伝えていたのだろう――そう結論付けて、萌はキッチンへと向かった。
バイトが終わり店を出ると、そこには煌輝がいた。さっき仕事が終わってから開いたメッセージアプリに『迎えに行く』と返信が来ていたのを見たが、本当に来てくれているとは思ってなくて、萌は少し夢でも見ているような気持ちで煌輝の傍に駆け寄った。
「お疲れ、天羽」
「ありがと……ドーナツ、買いに来てた?」
「いや、普通に迎えに……あ、えっと、さっきまで兄貴たちとスタジオに居て……ついでっていうか……」
歯切れの悪い言葉を並べながら視線を泳がせる煌輝に萌は少し笑ってから、もう一度、ありがと、と告げた。煌輝がこちらに顔を向け、少しだけ不思議そうな表情を見せる。
「迎え、普通に嬉しいよ」
スタジオからドーナツ店は電車でも何駅か離れていて、『ついで』という感じではない。わざわざ来てくれたことは萌にも分かった。だからこそ、この気持ちは伝えたくて素直に言葉にした。それを聞いた煌輝が穏やかな表情になり、うん、と笑顔で頷く。


