きらてん!~歌い手とバレて、学校イチのモテメンに告白されました~

「今日も僕の歌枠付き合ってくれてありがとう! 来週はのんびり雑談にします。じゃあ今日も『おつ天ちゃん』! またね」
 少し気を張った自分の声は嫌いじゃないと思えるようになったのは、一年前くらいだ。
 自室に作ってもらったとても小さな防音室は、本当に狭い。けれど『歌い手・(てん)』にとって世界に繋がるこの空間で萌は『自分』を取り戻したと言っていい。
 マイクの電源を落とし、ヘッドホンを外した萌は、パソコンや機材が乗った机の前で大きく伸びをした。
「んー、一時間歌ったら喉乾いたー」
 防音室を出て、更に自室を出た萌は、そのまま階下へと続く階段を降り、リビングのドアを開けた。
「お疲れ、萌。見てたよ、配信。大分板に付いてきたな」
 ダイニングテーブルの前で萌に微笑むのは、母方の叔父である丈人(たけひと)だ。イラストレーターと動画クリエイターとして広告代理店で働いている彼は、萌にとって心を開いている数少ない人だった。父は海外赴任中、母も仕事で家を空けることが多いので、萌の世話をするという名目で丈人もこの家で暮らしている。だから萌にとっては一番なんでも話せる家族だった。
「もう始めて二年経ったからね。半年前に実写にしたらリスナーさんも増えたし、今はめちゃくちゃ楽しい」
 キッチンへと向かい、冷蔵庫を開けながら萌が笑う。
「それは、半ば強制的にやらせたかいがあったよ」
 配信をすることを勧めてくれたのは丈人だった。中学三年の春、萌は突然『声が変、女っぽい。顔も女っぽい。女じゃないのか』と友達だと思っていた同級生から言われ、からかわれた。中学生なんてまだまだ子どもだ。その言葉が萌をどれだけ傷つけたかなんて誰も分からないまま、その『萌は女』という遊びはエスカレートしていき、『もえちゃん』とあだ名まで付けられた。
 放課後、体育館の女子更衣室に閉じ込められた時には、このまま死のうかと思ったくらい、その時の萌は追い詰められていた。
 そんな時、丈人が自身のお下がりの機材を差し出して言ってくれたのだ。
『萌の声は変じゃない。神様からのギフトなんだから、世界に届けてみないか』
 それが配信を始めたきっかけだった。
「最初は嫌だったからなあ。歌ってなんの意味があるの? もっと苛められたらどうするんだよって思ってたし」
 冷蔵庫に入っていた麦茶を取り出し、コップに注いでから萌が丈人の隣の席に座る。そんな萌を見ていた丈人が、そうだったな、と笑った。
手にしていたスマホの画面は『天』の配信ページだ。青空をバックに可愛らしくデフォルメされた黒髪の男の子のイラストがある。これを作ってくれたのも丈人だ。
「それが今じゃ顔出しはしないものの、実写配信だもんな。大きくなったなあ」
「叔父さんとリスナーさんのおかげ。この間公開した『歌みた』も一万再生突破したし。やっぱり吸音ボード良いやつに変えたからかな?」
 初めは当然、誰にも見向きもされなかった。でも、少しずつ動画の再生カウンターが回って、高評価が入り、やがて『いい声だね』『もっと歌って』というコメントが入り、その頃には萌のメンタルも落ち着いて、学校でも目立った苛めはされなくなっていた。きっと心の拠り所ができて苛めを相手にしなくなったから苛めていた人たちも飽きたのだろう。それに、その頃には受験シーズンに入っていてみな、他人どころではなくなっていた。
「萌が配信にはまってくれておれは嬉しいけど……まだ高校生なんだし、身バレは気をつけろよ。顔出ししてないといっても、なるべく個人に繋がる情報は映さないようにしろよ」
「うん、その辺は大丈夫。服はウニクロだし、背景は壁だし。叔父さんにめっちゃ厳しく言われたから学校とか近所の話もしてない」
 配信の仕方も、配信ルールやリテラシーも全部丈人が教えてくれた。これまで二年間なんのトラブルも起こしていないし、これからもその予定だ。
「だったらいいけど……学校はどうだ? 友達はできた?」
「叔父さん毎日そればっかり。僕はこの先も学校ではボッチで陰キャのままでいいんだよ。苛められてないだけで十分なんだ」
 萌が眉を下げて丈人を見上げ小さく笑う。丈人はそれに同じような笑顔を返しながら、そうか、と頷いた。