きらてん!~歌い手とバレて、学校イチのモテメンに告白されました~


「ちょっと煌輝、やる気あるの?」
 翌日の放課後、煌輝と訪れたのは煌輝の姉が経営しているダンススタジオだった。板張りの広い部屋の壁の一面は鏡になっていて、その前に学校のジャージ姿で立っている煌輝がいた。その顎の先から汗が滴り落ちている。
「あるって! でも難しいんだってば」
 姉弟だからこそのフランクさがあるのだろう。学校ではこんなに眉間にしわを寄せないし、声を荒らげたりしない煌輝がふてくされた顔で姉に噛みつくように返している。
 萌はそんな二人のやりとりを、部屋の端に用意された椅子に座って見ていた。
「煌輝はリズム感ないからなあ……」
「姉ちゃんが俺の分も持って生まれたんだろ、絶対」
 煌輝が乱暴に床に座り込み大きく息を吐いた。
 『俺踊れないんだよね』と言われたのは、このスタジオに入ってすぐのことだった。それはとても意外だったが、そういえば先日の体育のダンスの授業に煌輝は居なかったなと思い出した。これまでも萌が気にしていなかっただけでそれとなく踊ることを回避していたのだろう。
「リズム感は育てられますー……っても時間ないからな。フリ、変えようか」
 不機嫌になった弟に、姉はため息を吐いて床に置いていたタブレットを拾った。さっき見せてもらったが、煌輝のために振付をして実際に姉が踊っている動画が入っているものだ。正直、それを煌輝が踊れたらカッコいいと思うものだった。でも、確かに時間もないなら簡単なものをカッコよく見せるのもオーディションを突破する術かもしれない。萌は煌輝の汗で色の濃くなったTシャツの背中を見つめながらそんなことを思った。
「……ヤダ。これが姉ちゃんが最高って思うフリなら、これでやる。もう一回初めから教えて、姉ちゃん」
 煌輝が大きく呼吸をしてから立ち上がり、こちらを振り返る。萌がそれに首を傾げると、ごめん、とその口元が下がった。
「今、めっちゃカッコ悪いけど……もう少し付き合ってくれる?」
「うん。頑張って」
 萌が笑顔を向けると、それを見た途端、煌輝の表情が穏やかになる。その変化に胸の奥が掴まれたみたいにきゅっと苦しくなって、次第に騒めきを覚えた。

 それが今から数時間前のことだ。
「苦手な事を頑張るって、すごく大変だと思うんだ。そういう友達の姿見てたら、僕も頑張りたいなと思っちゃって」
 胸の騒めきが消えないまま自宅へと戻ってきた萌は、生配信のために防音室でマイクの前に座っていた。今日は予告していた通りの、肩から下を映した実写で雑談ASMR配信だ。
 本当は最近読んだ漫画のことやゲームの話、次の『歌ってみた』のリクエストを聞いてのんびり話そうと思っていた。でも今日はあえて『友達が苦手なダンスを頑張っていて、それを応援しに行った』と煌輝のことを話題にした。交友関係が皆無なので、こんなリアルな話をするのは初めてだったのだが、今はどうしても煌輝から受け取ってしまった熱を胸に留めておくことは出来なくて、この話をしてしまった。
 目の前のパソコン画面の端をリスナーのコメントが流れていく。『何を頑張るの?』というコメントに答えるように、萌は口を開いた。
「僕、ずっとオリジナルの曲が歌いたかったんだ。もちろん誰かに頼んで作ってもらうのもいいと思うけど……自分で作ってみたい」
 コメントが高速で流れていく。それだけたくさんの人が反応してくれているということだ。『!』や『え?』という驚きの声が多かったけれど、『頑張れ』『天ちゃんなら出来るよ』というコメントも見えて、萌は一人きりの部屋で口の端を引き上げた。
「みんなありがとう。頑張ります!」
 萌がコメントに返事をするように返すと、頑張れ、とたくさんのコメントが届く。期待に応えられるかは分からない。でも、煌輝が頑張っている姿を見ているだけなのは嫌だったのだ。
 配信を終えた萌はパソコンの電源を落とすと、大きく息を吐いた。すると、防音室の扉が外から叩かれる音がして、萌が扉を開ける。
「今の、ホントか? 萌」
 そこに立っていたのは丈人だった。手にスマホを持ったままなので、いつものように萌の配信を見てくれていたのだろう。少し丈人の目が輝いているのを見て、萌は笑顔で頷いた。
「うん。楽器はできないけど、叔父さんのおかげでパソコンなら少し触れるし……手伝ってくれるよね?」
「やっぱり当てにされてたか」
 口では困ったようなことを言っているが、丈人の表情は穏やかだった。萌が、当たり前でしょ、と笑う。すると、パソコンデスクに置いていた萌のスマホが震える音が聞こえ、萌はスマホを手に取った。画面に出ていたのは煌輝の名前だった。
『配信見た! 天、曲作るの?』
 こちらが話し出す前に煌輝の声が耳に届く。萌は焦りの混じったようないつもより早い話し方に少し笑ってから、うん、と頷いた。
「井瀬が頑張ってるとこ見てたら、僕も何か頑張りたいなと思って……『天』としても応援したかったし」
 既存の歌じゃダメだと思った。煌輝だけに伝わる、彼を応援する歌が歌いたかった。それには萌が作るしかない。それも、煌輝が頑張っている『今』始めたいと思ったのだ。
『そっか……めちゃくちゃ嬉しい。一緒に頑張ろう、天羽』
 優しい声が耳から萌の体へと広がっていく。同じことをするわけではないけれど、お互いを応援しながら頑張ることはできる。萌は胸の温かさを感じながら、うん、と頷いた。それからゆっくりと通話を切ってスマホを机に戻す。
「ふーん、なるほどねえ……へえ」
 そんな声が聞こえ、萌が振り返る。そこには口元を緩めた丈人がいた。
「……何?」
 そういえば傍にまだ丈人が居たのだったと気づいた萌が、まだニヤニヤとしている丈人に眇めた目を向ける。
「いや? そういうことなら叔父さん全面協力しようかなと思って。会社でおすすめのDAWソフト聞いてこようか? MIDIキーボードも借りてこようか?」
 楽しみだな、と笑う丈人に、本当は『放っておいてよ』と言いたい。でも、たった今頑張ると宣言したのだと思い、萌は眇めた目を少しだけ緩めて口を開いた。
「……おねがい、します」
 萌の顔を見た丈人は、嬉しそうに、頑張れよ、と萌の髪を撫でた。