「中学三年の秋くらいかな……『煌輝ってカラオケまじに歌いすぎだよな』って、俺のいないところで笑われてたことがあるんだよね」
煌輝が萌の手を強く握る。きっとこれは煌輝の傷口なのだろう。萌は冷たい煌輝の手を握り返して静かに頷いた。
「真剣に歌うのってダメなのかなって落ち込んでた時に、たまたまショート動画で流れてきたのが『天』の今の歌だったんだ――一瞬で惹かれたよ。『天』の歌声はどこか切なくてでもちゃんと俺のところに届いて……楽しそうにのびのびと歌う『天』の声を聞いてたら、好きな事を一生懸命やるのって悪いことじゃないって思えたんだよ」
中学三年の秋といえば、萌が配信を始めてすぐの頃だ。その頃から煌輝は『天』を知っていたということだ。
「ありがとう……そんなに前から知ってくれてて」
萌が微笑むと煌輝が優しく頷く。それから更に言葉を繋いだ。
「始業式の時に、みんな自己紹介しただろ? あの時、前にいた天羽の声、すごく聞いたことがある気がして、でも『天』と結びつかなくて、どこで聞いたか思い出せなくて……ただ、好きな声だなって思ったよ。その時、名簿の名前は覚えたんだ。読み方は全然違ったけど」
ごめん、と煌輝が眉を下げる。以前、名前でからかわれたことを伝えたから、萌が嫌な思いをしただろうと、改めて感じたのだろう。でも、そんなことは萌の中にもう残ってはいなかった。
「天羽のバイト先で素顔を見て声を聞いて、その、可愛いって、思った。だから最初は純粋に近づきたいと思ったんだよ」
煌輝が同性を好きになる人だと知った今なら、その言葉はとてもすんなりと受け入れられた。それどころか、煌輝に『可愛い』と思われてたと知って、萌は緩みそうな頬に力を入れた。
「話してくうちに、天羽の声と『天』の声、それに雰囲気が似てると思って『もしかしたら』なんて、ちょっと思ってたんだけど……これで、確信した」
萌の手を離した煌輝がその指で萌の首に触れる。既に温かくなっていた指が萌の首に熱を置いていったのか、触れられた部分から熱くなっていた。
丈人には『大丈夫』なんて豪語していたが、煌輝はしっかりと『萌』を見ていたのだろう。
「夢、壊した?」
まさか『天』が同じクラスの陰キャだなんて思っていなかったはずだ。遠慮がちに煌輝を見つめると、煌輝が柔らかく微笑み、首を振った。
「だったら、天羽に付き合ってほしいなんて言わない。むしろ、『天』だってことは嬉しかった。今なら天羽が『天』だってすごく納得できる」
煌輝の言葉を受け取って、萌の胸がふわりと温かくなる。
「僕……実は、リスナーに会ったの初めてなんだよ。すごく、嬉しいね、こういうの」
動画をアップすれば、再生数は増える。数字が増えるのは嬉しかったし、高評価が付けば自信もついたし、コメントなんて宝物だ。ただ、そこに画面の向こう側の顔はなかった。煌輝の言葉を聞いて初めて、リスナーの存在を感じたのだ。
「うん、俺もライブで直接お客さんに会うの好き。聞いてくれてるって自信になるよな」
煌輝が微笑んで頷く。それを見て萌も頷くと近くで咳払いが聞こえた。萌がその音の方へと視線を向ける。
「二人の世界に入りたくなる気持ちは分かるけど、オレたちを空気にしないでもらえる?」
煌輝の兄が大袈裟にため息を吐く。他の二人も苦い笑顔でこちらを見ていた。その瞬間、萌の頬が熱くなる。
「べ、別に!……そんなんじゃ、ないし!」
萌と同じように頬を赤くした煌輝が兄に鋭く返す。けれど兄の方は楽しそうに笑ったまま、まあまあ、と煌輝を宥めた。
「今、天羽くんと歌ったの聞いて思ったんだけど、煌輝、やっぱりあのオーディション受けてみれば?」
煌輝の兄の言葉を聞いて萌は首を傾げた。煌輝は唇を結んでから、興味はあるけど、と口を開く。
「俺に向いてるか分かんないし……アイドルなんて」
「アイドル?」
煌輝の言葉に驚きすぎて萌が思わず聞き返してしまう。煌輝は萌を振り返り頷いてから、スマホを取り出してその画面を萌に見せた。
「来週締め切りのアイドルのオーディションがあって、兄貴たちが『煌輝はアイドルになれる』って勧めてきて……歌を仕事にできるのはいいけど、バンドで歌うのが今は楽しいから、正直迷ってるんだ」
差し出されたスマホの画面には、有名なアイドル事務所の名前があり、一次審査は歌とダンスの動画審査だと書いてある。顔を上げた萌が眉を下げた煌輝の顔を見つめる。すぐに萌の頭には、キラキラの衣装を着てスポットライトを浴びる煌輝が浮かんだ。萌は気づくと、いいと思う、と呟いていた。
「なれると思う。井瀬は学校でもモテるし、歌も上手かったから大丈夫だと思う」
まっすぐに煌輝を見やると煌輝が少し視線を外してから、そうかな、と呟く。しばらく黙っていた煌輝が再び萌に視線を向ける。
「天羽がそう言ってくれるなら、やってみようかな……」
まだ眉は下がっているが、少し前を向けたようだったので、萌は煌輝に大きく頷いた。
「僕も練習とか付き合うよ」
「……じゃあ、やる。カッコ悪くても笑うなよ?」
少し唇を尖らせて視線を外す煌輝に萌は小さく笑ってから、大丈夫、と答えた。
「カッコ悪い井瀬、今まで見たことないから」
萌が素直に告げると煌輝が自身のシャツの胸の部分をぎゅっと握った。
「天羽、今のはずるい」
「ずる……?」
「いや、いい。天羽がそう言ってくれるなら頑張ってみる」
いつもの柔らかな笑顔で煌輝が萌を見やる。萌はひとつ前の言葉は忘れることにして笑顔で頷いた。
煌輝が萌の手を強く握る。きっとこれは煌輝の傷口なのだろう。萌は冷たい煌輝の手を握り返して静かに頷いた。
「真剣に歌うのってダメなのかなって落ち込んでた時に、たまたまショート動画で流れてきたのが『天』の今の歌だったんだ――一瞬で惹かれたよ。『天』の歌声はどこか切なくてでもちゃんと俺のところに届いて……楽しそうにのびのびと歌う『天』の声を聞いてたら、好きな事を一生懸命やるのって悪いことじゃないって思えたんだよ」
中学三年の秋といえば、萌が配信を始めてすぐの頃だ。その頃から煌輝は『天』を知っていたということだ。
「ありがとう……そんなに前から知ってくれてて」
萌が微笑むと煌輝が優しく頷く。それから更に言葉を繋いだ。
「始業式の時に、みんな自己紹介しただろ? あの時、前にいた天羽の声、すごく聞いたことがある気がして、でも『天』と結びつかなくて、どこで聞いたか思い出せなくて……ただ、好きな声だなって思ったよ。その時、名簿の名前は覚えたんだ。読み方は全然違ったけど」
ごめん、と煌輝が眉を下げる。以前、名前でからかわれたことを伝えたから、萌が嫌な思いをしただろうと、改めて感じたのだろう。でも、そんなことは萌の中にもう残ってはいなかった。
「天羽のバイト先で素顔を見て声を聞いて、その、可愛いって、思った。だから最初は純粋に近づきたいと思ったんだよ」
煌輝が同性を好きになる人だと知った今なら、その言葉はとてもすんなりと受け入れられた。それどころか、煌輝に『可愛い』と思われてたと知って、萌は緩みそうな頬に力を入れた。
「話してくうちに、天羽の声と『天』の声、それに雰囲気が似てると思って『もしかしたら』なんて、ちょっと思ってたんだけど……これで、確信した」
萌の手を離した煌輝がその指で萌の首に触れる。既に温かくなっていた指が萌の首に熱を置いていったのか、触れられた部分から熱くなっていた。
丈人には『大丈夫』なんて豪語していたが、煌輝はしっかりと『萌』を見ていたのだろう。
「夢、壊した?」
まさか『天』が同じクラスの陰キャだなんて思っていなかったはずだ。遠慮がちに煌輝を見つめると、煌輝が柔らかく微笑み、首を振った。
「だったら、天羽に付き合ってほしいなんて言わない。むしろ、『天』だってことは嬉しかった。今なら天羽が『天』だってすごく納得できる」
煌輝の言葉を受け取って、萌の胸がふわりと温かくなる。
「僕……実は、リスナーに会ったの初めてなんだよ。すごく、嬉しいね、こういうの」
動画をアップすれば、再生数は増える。数字が増えるのは嬉しかったし、高評価が付けば自信もついたし、コメントなんて宝物だ。ただ、そこに画面の向こう側の顔はなかった。煌輝の言葉を聞いて初めて、リスナーの存在を感じたのだ。
「うん、俺もライブで直接お客さんに会うの好き。聞いてくれてるって自信になるよな」
煌輝が微笑んで頷く。それを見て萌も頷くと近くで咳払いが聞こえた。萌がその音の方へと視線を向ける。
「二人の世界に入りたくなる気持ちは分かるけど、オレたちを空気にしないでもらえる?」
煌輝の兄が大袈裟にため息を吐く。他の二人も苦い笑顔でこちらを見ていた。その瞬間、萌の頬が熱くなる。
「べ、別に!……そんなんじゃ、ないし!」
萌と同じように頬を赤くした煌輝が兄に鋭く返す。けれど兄の方は楽しそうに笑ったまま、まあまあ、と煌輝を宥めた。
「今、天羽くんと歌ったの聞いて思ったんだけど、煌輝、やっぱりあのオーディション受けてみれば?」
煌輝の兄の言葉を聞いて萌は首を傾げた。煌輝は唇を結んでから、興味はあるけど、と口を開く。
「俺に向いてるか分かんないし……アイドルなんて」
「アイドル?」
煌輝の言葉に驚きすぎて萌が思わず聞き返してしまう。煌輝は萌を振り返り頷いてから、スマホを取り出してその画面を萌に見せた。
「来週締め切りのアイドルのオーディションがあって、兄貴たちが『煌輝はアイドルになれる』って勧めてきて……歌を仕事にできるのはいいけど、バンドで歌うのが今は楽しいから、正直迷ってるんだ」
差し出されたスマホの画面には、有名なアイドル事務所の名前があり、一次審査は歌とダンスの動画審査だと書いてある。顔を上げた萌が眉を下げた煌輝の顔を見つめる。すぐに萌の頭には、キラキラの衣装を着てスポットライトを浴びる煌輝が浮かんだ。萌は気づくと、いいと思う、と呟いていた。
「なれると思う。井瀬は学校でもモテるし、歌も上手かったから大丈夫だと思う」
まっすぐに煌輝を見やると煌輝が少し視線を外してから、そうかな、と呟く。しばらく黙っていた煌輝が再び萌に視線を向ける。
「天羽がそう言ってくれるなら、やってみようかな……」
まだ眉は下がっているが、少し前を向けたようだったので、萌は煌輝に大きく頷いた。
「僕も練習とか付き合うよ」
「……じゃあ、やる。カッコ悪くても笑うなよ?」
少し唇を尖らせて視線を外す煌輝に萌は小さく笑ってから、大丈夫、と答えた。
「カッコ悪い井瀬、今まで見たことないから」
萌が素直に告げると煌輝が自身のシャツの胸の部分をぎゅっと握った。
「天羽、今のはずるい」
「ずる……?」
「いや、いい。天羽がそう言ってくれるなら頑張ってみる」
いつもの柔らかな笑顔で煌輝が萌を見やる。萌はひとつ前の言葉は忘れることにして笑顔で頷いた。


