熱中症は甘く見ちゃだめよ、と養護教諭から小言とペットボトルの水を貰った萌は、ベッドに横になったまま、はい、と素直に頷いた。
「俺がもっと早く屋上に行けてたら良かったな」
ごめん、と煌輝がベッドの隣にある椅子に腰かけたまま項垂れる。萌はそれに緩く首を振った。
「こっちこそ、迷惑かけてごめん」
萌が謝ると、煌輝が萌の倍くらい首を振って、迷惑なんてかけられてない、とこちらをまっすぐに見つめる。
「むしろ、助けられて良かった。具合、どう?」
「うん、もう大丈夫」
萌は本当にもうめまいもないし気持ち悪さも大分引いたので『大丈夫』と答えたのだが、煌輝の眉は下がったままだった。
「声、いつもより少し掠れてるね。水分足りない? 俺、飲み物買ってこようか?」
煌輝が立ち上がろうと腰を浮かせた時だった。五時間目を告げるチャイムが廊下に響いた。それからすぐにベッドを囲んでいたカーテンが開く。
「先生、五時間目は会議があるからここ離れるけど、天羽くんはそのまま休んでいなさい。井瀬くんは授業戻って」
顔を出した養護教諭がそれぞれに伝える。萌はそれに頷きで答えたが、煌輝は視線を左右に泳がせてから何か思いついたように顔を上げ養護教諭を見上げた。
「うちのクラス、五時間目自習なんです。天羽の容態が急変したら先生も困りますよね? 俺、このままここに居ます」
五時間目は数学だったはずだ。科目担当の担任は、朝も元気に出席を取っていた。自習なんて聞いていない。
「そう、だけど……生徒をサボらせるわけにはいかないし」
「サボりじゃないです。ここで天羽と自習します。保健室登校? もあるじゃないですか」
「それとは違うけど……まあ、友達思いってことで今回は許可します」
養護教諭は長いため息を吐いてから、天羽くんをちゃんと休ませてあげてね、とカーテンを閉めた。しばらくの後、保健室のドアが閉まる音が聞こえ、煌輝が、ふふ、と笑い出す。
「サボっちゃった」
こちらに歯を見せて笑顔を向けるその姿はいたずらが成功した子どもみたいで、微笑ましい。思わず萌も笑ってしまった。
「やっぱり嘘だったんだ」
「いいわけとか、結構得意なんだよね」
煌輝の笑顔が少しだけ歪んだ気がして、萌は彼の顔をよく見ようと体を起こした。けれど次に萌が見た時には、いつもの穏やかな笑みに戻っていた。まだ少し熱中症の症状が残っていて視界がぼやけただけだろうか。
「天羽、水もう少し飲んでおきなよ。喉痛めてない?」
起き上がった萌に近づいた煌輝がペットボトルを手渡す。萌はそれを受け取りながら、普通に話せていることに今更気づいてペットボトルをぎゅっと握ってしまった。
「そ、れは平気だけど……井瀬は、大丈夫?」
「俺? どうして?」
「僕、ここまでちゃんと歩いた記憶がなくて……大変だったんじゃないか、と……」
煌輝に抱き起こされたことは覚えているのだが、その先は曖昧だった。
不安なまま煌輝にそろりと視線を向けると、確かになあ、と煌輝が大きく息を吐く。
「天羽全然歩けなかったからな。ここまでおんぶしてきた」
にっ、と笑顔を向けられ、萌は両手で顔を覆った。
「……感謝してるけど、背負ったことは忘れてください……」
「なぜにいきなり敬語?」
「いや、いたたまれないです……」
萌の言葉に煌輝が笑う。ひとしきり笑ってから、忘れないよ、と柔らかい声が聞こえ、萌は両手を顔から下ろした。煌輝の穏やかな表情はいじわるで言っていることではないと伝えている。
「天羽軽かったから全然大変じゃなかったし、俺は天羽を助けられたことが嬉しいし」
だから忘れない、と萌をまっすぐ見つめる。萌は頬の熱を感じて煌輝から視線を外した。


