きらてん!~歌い手とバレて、学校イチのモテメンに告白されました~

 耳鳴りを疑うような蝉の声が響く学校の廊下。この時期は暑くて誰も近づかない屋上へと続く階段の中ほどは、天羽(あもう)(きざし)にとって、昼休みを過ごすいつもの場所だった。穏やかで安心できる凪いだ時間が流れる場所――ただ、その日は荒波が立っていた。
「これ、天羽だよね?」
 クラスメイトの井瀬(いせ)煌輝(こうき)が発したその言葉と、その手にあるスマホの画面に、萌は目を見開き呼吸を止めた。驚きと衝撃ですぐに言葉が出ない。
「ど、いう、こと? 僕が、そんな配信とか、やるわけ……」
 煌輝が開いているスマホの画面は動画配信サイトの『天』という配信者のページだ。顔出しはしていないが、首から下は実写で配信をしている『歌い手』というジャンルの配信者だった。萌はそれから視線を外して、笑って見せた。ただ、それは決して自然なものではなかったらしい。こちらをじっと見つめる煌輝の視線は益々確信したようにまっすぐにこちらを射ている。
「その、動揺した時に少し高く掠れる声、一緒だな。それから、これも」
 煌輝がそっと萌に手を伸ばす。指先が首筋に触れ、萌はびくりと肩を震わせた。今日も最高気温は三十度を越えるというのに煌輝の手はとても冷たかった。
「これって……」
「その、首筋に並んだ三つのほくろ。こんな珍しいほくろがある人、そうそう居ないよね?」
 煌輝は萌が『天』であることに確信を持っている――もう言い逃れはできないと悟った。
 萌がその『天』であることは間違いないからだ。
「……黙っていて欲しい。誰かに話したところで、井瀬にはメリットなんかないだろ?」
 登録者数五万人程度の男子高校生配信者の身バレなんて、エンタメにもならないはずだ。萌が再び煌輝に視線を向けると、その頬が少し紅潮し、今度は煌輝が視線を外した。
「誰かに言うつもりは初めからない。でも、俺は天羽が『運命』だと思ってるから、俺のことをもっと知って……できれば、好き、になって欲しい……」
 少し震えた声で告げた煌輝の顔は既に真っ赤になっていた。その言葉がからかいや冗談ではないことはその様子で分かる。
 けれど、萌にとってその言葉は衝撃的すぎてすぐに理解は出来なかった。
 煌輝は学年を飛び越えてこの高校で一番モテる男だ。噂では週に一度は女子から告白されていると聞くし、バレンタインデーは机にチョコタワーが出来るらしい。実際、教室の中でもいわゆる『一軍』と呼ばれる派手な男女に囲まれていて、本人もふわりとした明るい茶の髪と優しそうに目尻が少し垂れた目、それに常に口角が上がった口元が印象的なイケメンだ。対して萌は中学の時に軽い苛めに遭って以来、現実世界では前髪を長めにして眼鏡を掛けて顔をなるべく隠し、極力人と関わらないようにしている。そんな『陽キャ』の代表と『陰キャ』のテンプレートみたいな自分がこうして話すようになったことすら奇跡かと思っていたのに、『好きになって欲しい』なんて三十回は頭の中で繰り返さないと日本語としての意味すら分からなくなってしまった。
「そ、れは……」
「いや、あの、急に言われても困るのは、分かる! えっと、だから……そう、もうすぐ夏休みだろ? 夏休みが終わるまで、俺と、その、付き合って欲しい……恋愛的な意味で」
「れん、あい、てき……」
 萌が煌輝の言葉を不器用に繰り返す。
 この人も自分を『女』とでも言いたいのだろうか――肌が騒めく心地悪さを感じながら、萌は煌輝にどうしてこんなことを言われることになったのかを突き止めるように、これまでのことを思い出していた。