キモミ先輩


「ごめん。届けにいこうって言ったの、俺なのに」

 体育教官室を出て、ポケットから預けるはずだったスマホを取り出した千代田に、藤丸は肩をすくめて謝る。

「いいよ。もともと、預けるのちょっともったいないかなって思ってたし」

「もったいないって……」

「でも、どうしてあんな嘘ついたの」

 やはり、藤丸の真意を理解していないようだ。藤丸は一度体育教官室のほうに目を向けてから、南階段を使って昇降口へと向かう。道すがら、藤丸は咄嗟についた嘘の理由を千代田に話した。

「明らかに様子おかしかったろ。クヌギミテッペイの名前を聞いたとき」

「そうか?」千代田が首を傾げる。「全然わからなかった。あのおっさんの動き、奇々怪々だから」

「たしかに。まあ、俺も確信があったわけじゃないんだけど……それにしても、千代田もよく話合わせてくれたよな。俺がなんであんなこと言ったのか、わからなかったんでしょ?」

「うん。でも、気が変わってスマホを渡したくなくなったんだろうなってのはわかったから、合わせた」

「助かったよ、ありがとう」

 昇降口につくと、夏特有のもわっとした空気が肌にまとわりつく。七月上旬でこの暑さなのだから、先が思いやられる。
 上履きからローファーに履き替えると、藤丸は千代田と並んで校舎を出た。

「で、スマホ」いまもなお千代田の手の中にあるものに視線を落とす。「どうする」

「ちょっと調べたいことあるから、持って帰る」

「……そっか」

 最初は倫理的にいかがなものかと思っていたが、岡崎のあの態度を見てしまったら、藤丸も見過ごすわけにはいかない。千代田が言っていた「誰かに見つからないようにしてるのに、ちがう誰かには見てほしそうにしてる」という言葉が信憑性を帯び始めていて、一般倫理と個人的な正義感の間で揺れているのだ。

 でも――。

「ごめん。止めといてなんだけど、やっぱり俺は人のスマホなんか勝手に見るもんじゃないと思う」

「だよな」ぴたりと、千代田が足を止める。「そしたら俺、預けてくる」

「えっ」

「藤丸がそう言うんなら、預けるべきだと思うから」

 校舎へと踵を返す千代田を、藤丸は慌てて引き止めた。

「いや、それはしなくていいんじゃないかな」

「……どういうこと?」

 言っていることとやっていることが乖離(かいり)しているからか、千代田は訝しげに目を細める。

 心底、自分はずるくて臆病な嫌なやつだと思う。自分がスマホを拾った側であれば、多少引っかかるところがあっても、黙って預けていただろう。

 しかし、今日話したばかりのクラスメイトに対して、本心を赤裸々に話す義理はない。普段一緒にいる祐樹たちにでさえ、本当のことなんて言えないのだから。

「てか、なんで俺の言うことそんな聞くんだよ。千代田は、千代田のしたいようにすればいいだろ」

 みっともない。自分勝手に止めたくせに、後の判断は他人に任せるだなんて。

 そうはわかっていても、捨て台詞のようなことを言ってしまったからには、千代田に背を向けて歩くしかなかった。
 校門を出て、最寄り駅のある右側に折れる。目を焼き付けるほどの西日が、そんな藤丸を咎めるように射していた。