キモミ先輩


 七月上旬――。

 一学期の期末考査が終わり、どの教科も答案返却の時間にあてられ、ほどなくして訪れる高校生活初めての夏休みに、みなが浮き立っているように見える。
 藤丸は赤いペンが入れられた答案用紙を見て、ほっと息を吐いた。中学の時は散々だった勉強は、高校進学を機に気持ちを入れ替えて取り組むよう努力をしていた。その努力が実を結び、九から始まる高得点を叩き出している。
 勉強も、サッカー部での活動も、順調だ。文武両道。高校生活のスタートダッシュはうまくいっている。あとひとつ、胸の中にある不安が取り除かれれば、華々しい高校デビューと言っていいだろう。

 ふと、答案用紙の端に千代田の背中が映る。
 普段なら視界に入っても気にしたこともない相手だが、先ほどのモバイルバッテリーのやり取りで、いっきに好奇心が掻きき立てられた。

 千代田は、謎に包まれている。ちょっと洒落て言えば、ミステリアス。女子はミステリアスな男子が好きなようで、千代田から放たれる美男子オーラも相俟って、かなり人気が高いらしい。あの、何を考えているのかよくわからないポーカーフェイスで見つめられてしまえば、イチコロだそうだ。男子からしてみれば、よくわからない。男子はもっと、わかりやすいやつが好きだ。祐樹も、そんなことを言っていた。

 ただ、いまは女子の気持ちが少しわかってしまう自分がいる。

 ――いや、千代田がというより、あのスマホが気になっているのかもしれない。いったい、拾得物であるあの古いスマホをどうするつもりなんだろう。

「なな、草太」

 つんつん、と背中を突かれ、現実に引き戻される。祐樹が、教壇の前に座って教室中を見渡す教師に隠れるように、少し身を縮ませたまま小さな声で言う。

「お前、今回も点数良かったろ。見せて」

 首だけを後ろに向けてみると、祐樹の机の上には四十二点の答案用紙が広げられていた。追加で同点を与えても自分のものに届きもしないその点数を見て、藤丸はさすがに同情する。この時間、誤答の問題については解きなおしをするように言われていた。もちろん、他人の答案用紙を見て写すことは許されていない。

「いいの、自分で解かなくて」

「いいのいいの。ほら、早く見せろよ」

 当たり前だと言わんばかりに手を差し出してくる祐樹に一抹の不安を抱きつつも、教師の目を盗んで手渡した。

「さんきゅー」

「草太、あとで俺にも見せて」

 前の席のテルが気づき、藤丸に頼み込む。祐樹に見せている手前断るわけにもいかず「いいよ」と小さな声で承諾した。

 漂流物だな、と思う。祐樹とテルが波であれば、藤丸自身はそれに身を委ねるだけの漂流物なのだ。テルが橋本(はしもと)で、祐樹が松谷(まつや)でなければ、自分はきっとここには交わらなかっただろう。