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父を傷つけた。有の言葉で、父の中のスイッチが押されたことは確かだっただろう。その考えは、いまでも変わらない。
あの日から、人と関わることを極端に避けた。自分の言葉で、誰かを傷つけてしまいそうで怖かったからだ。最初は、友達がいないことに不安を覚えたけれど、徐々に、ひとりでもそれなりに生きていけることに気づいてしまった。本を読むのも、音楽を聴くのも、ひとりのほうが捗る。
そう思っていたのに、いま、有の中には藤丸がいる。
「兄ちゃん、実はわかってたんだ」
「……何が?」
「父さんのこと。そのうち、母さんのところにふらーっと会いに行っちゃうんじゃないかって。だからあの日、叔母さんから連絡もらったとき、そんな驚かなかった」
「…………」
「有も、そうだったんじゃないか? あのスマホを拾ってきた日、兄ちゃんに言ったよな。『なんか、見なくちゃいけない気がする』って」
たしかに、そんなことを言った気がする。
でもそれは、自分でもよくわからなかった。わからないまま、ただ引き寄せられていただけだ。
「人の感情って、死んでも残るんだよ。空気にぷかぷか浮かんだまんまだったり、人や物に託されることもある。受け取る側次第で、それは呪いと言われたり、祈りと言われたりするんだ」
朔の言葉は、難しくてよくわからない。昔から本をたくさん読んでいて、かと言って引っ込み思案ではなかったから、自分に取り込んだ言葉たちが人と接していく中で磨きに磨き上げられている。磨きすぎると、色もなくなって、透明になって見えなくなってしまう。朔と真面目に話すときは、その輪郭になんとなく触れながら、自分なりに本質を見出すしか方法がない。
でも、この言葉だけは妙に納得してしまった。有が、あのスマホから何かを感じ取ったのは確かだった。それが、祈りだったのか、呪いだったのかはわからない。ただ、キモミ先輩の話を寄稿した田辺柊吾や、キモミ先輩をモデルに小説を書いた黒森哲平にとっては、呪いだったのかもしれない。二人とも、その呪いに殺されてしまったのだと、有は思う。
「じゃあ、父さんは、母さんの呪いに殺されたってこと?」
「うーん」朔は唸ると、空になった皿をシンクへと運び出した。「『会いたい』って気持ちは、祈りなんじゃないかな」
「……祈りに殺されることもあるんだな」
ぽつりと、呟いた。
シンクから、水を流す音が聞こえてくる。少しして「そうかもしれないな」という朔の声が混ざった。
皿を洗い終えた朔が、ふたたび有の前に腰を下ろす。
「生きている間に、ちゃんと伝えたいよな」
「……そうだね」
「有にとって、藤丸くんはどんな存在?」
「どんな――か」
考える。
居心地がいい、ということだけは、千代田の体が身に染みて感じていることだ。
他のクラスメイトとは、少しちがう。それは、椚見哲平のスマホを通して繋がったあとに気づいたことではなく、もっと前だ。
藤丸は何かと、無理をしているように見えることが多々ある。誰かと話しているとき――有と話しているときもそうだったが――心だけどこかに置いてきているような感じがした。何を話していても、それが藤丸の本音ではない気がするのだ。たまに、その本音がちらりと顔を出すことがあっても、すぐに隠れてしまう。
傷つけたくない。傷つきたくない。
真逆だけど、もしかしらた自分たちは似ているのかもしれない。
「まだ、わからない。でも、いなくならないでほしい」
曖昧な答えに、朔は「そっか」と微笑む。
「その気持ち、そのまま藤丸くんに伝えればいいよ」
「気持ち悪いって、思われない?」
「思わないよ。兄ちゃんが保証する」
「何を根拠に……」
自信満々に顎を上げている朔の顔を見て、有は思わず笑ってしまった。
「お前は笑った方がかわいいよ」
「やめろよ、気持ち悪い」
なんて言いながらも、また笑ってしまう。
朔が、兄が、とことん明るい人で本当によかった。似たような性格だったらきっと、総崩れしていただろう。
「ありがとう」
「……おう。くるしゅうないぞ」
朔の大きな手が、有の頭をわしゃわしゃと撫でた。不思議と嫌な感じはしない。
そういえば――と、ひとつ思い出したことがあった。
「兄貴、呪いは信じないんじゃなかったっけ」
「あっ」
朔が口を開け、固まった――と思えば、すぐにぷっと吹き出す。有も、つられて笑いだす。
「兄ちゃんがひとついいことを教えてやろう。人の揚げ足は取るな――かっこいい大人になりたければな」



