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口数の少ない父だった。
小さいころは、よく遊んでもらっていた気がする。休日は必ず外に連れ出してくれていた。有は、朔が親離れをし始めたタイミングで授かった子で、両親も、朔も、十年ぶりにできた新しい家族に夢中だった。
しかし、母が病に倒れてからは見舞いに行くことが休日の大半を占め、亡くなって見舞いが必要なくなったあとも、楽しい休日は戻ってこなかった。そのときには有も小学校に入学したタイミングで、友達と休日に遊ぶことが増えていたため、家族以外と過ごす時間に違った楽しさを覚えた。むしろ、家族と過ごすよりも刺激や発見がいろいろあって、知らない世界を冒険しているような高揚感がある。友達との距離が縮まるごとに、家族との距離は遠ざかっていった。
いま思えば、そのときから間違えていたのかもしれない。
小学六年生の三月のことだった。その日は母の七回忌で、母の実家がある茨城に昼から向かう予定があった。朔はそのときまだ新卒一年目で、有給休暇が付与されて法要自体が年々縮小されつつあったことから、参加を見送ることになった。父も朔に対しては「男は仕事だ。きちんとこなせ」と、尻を叩いていた。だから、有も、自分の予定を優先していいものだと思っていたのだ。
すでに小学校の卒業式が終わったあとで、最後にクラスのみんなで食べ放題に行こうという約束が有にはあった。それが急遽、幹事の都合で母の七回忌にずれ込んでしまったのだ。
もともと、行くつもりだった。しかし、こればかりは仕方ない。
父にそのことをなんの気なしに伝えると、予想もしていなかった低い声が返ってきた。
「何を言ってるんだ。ダメに決まってるだろう」
「え、どうして?」
「どうして――? どうしてってお前、母さんの七回忌だぞ?」
「だって、兄ちゃんも行かないじゃん。なんで俺だけダメなの」
「朔は仕事だからだ。お前のはお遊びだろう」
よくわからない理屈だった。
小学生の有からしたら、友達との遊びは、それも大人数となると一大イベントなのだ。そんな一大イベントを、お遊びと称されたのにも、腹が立った。腹が立つと、普段は思ってもない、相手を負かすための、棘だらけの嫌な言葉ばかりが頭に思い浮かぶ。友達との喧嘩で培った、不要の産物だ。
「……楽しくないじゃん。前の時も、大人たちばっかが楽しそうで、俺、ちっとも楽しくなかった」
「父さんたちは、母さんの昔話で盛り上がってるんだ。有も、母さんのことを思い出せばきっと楽しくなる」
「楽しくなんかないよ!」
有の頭に浮かぶ母は、ベッドの上で闘病生活を送る母の姿ばかりだ。それと、病院の消毒液と、同じ病室にいた見知らぬおばあちゃんたちのにおい。法事のときは、母よりも、病院そのものの印象が先に思い浮かんでしまう。母が元気だったときの記憶も、まだ小学校に入学すらしていなかった有にとっては、はるか遠い過去だった。
「母さんは、もう死んじゃっただろ。俺が話しかけても、何も返してくれないじゃんか! いなくなった人を思い出しても、なにも意味なんてないよ!」
「おい、有」
それまで黙って聞いていた朔も、ネクタイを締める手を止めて有を制した。そこでようやく、自分が口にしてはいけない言葉を投げてしまったことを思い知る。
目の前の父は目を見開き、歯を食いしばっていた。ゆでだこのように赤くなった顔を震わせ、視線を落とすと「好きにすればいい」と呟いた。こちらに謝る隙すら与えずに、父は寝室にこもってしまった。
友達との約束の時間まではかなりあったけれど、有は早々に家を出る準備を始めた。仕事で先に家を出る朔に「ちゃんと父さんに謝れよ」と言われて、曖昧に頷いたけれど、有は父に謝ることはなかった。
謝れないまま、父は死んでしまった。
法要のあと、父はアルコールをたっぷり含んだ体で車に乗り込み、姿をくらましたそうだ。そして、母の実家から数キロ離れた幹線道路で、中央分離帯に突っ込む単独事故を起こした。即死だったそうだ。
有がそのことを聞いたのは、家に帰ってすぐ、朔の口からだった。なぜか朔は妙に落ち着いていて、このことが起きるのをすべてわかっていたかのように、淡々としていた。翌日、茨城に向かうこと。車は使わずに、電車を乗り継いで行くこと。しばらく、朔は会社を休むこと。
――俺のせいだ。俺が謝らなかったから、父さんは死んだ。
何も考えずに感情的にぶつけた言葉で、父は死んでしまったのではないか。小学六年生だった有は、言葉で人を殺せてしまうことがあるということを、テレビのニュース番組で知っていた。
「……俺が、殺した」
「何言ってんだよ……違う。それは絶対に違う」
「違くない! 俺があんなこと言ったから……いなくなった人を思い出しても意味なんてないって言っちゃったから……だから父さん、母さんに会いに行っちゃったんだよっ!」
テーブルに顔を伏せる。泣いて歪んだ顔を見られるのが恥ずかしくて、そのくせ大きな声で、子供みたいにわんわん泣いた。そのときも子供だったけど、もう声変りが始まっていて、喉が痛かった。なかなか泣き止まない有の背中を、朔はずっと摩った。
「有のせいじゃない」
その言葉だけを、繰り返しながら――。



