八月下旬――。
高校生活初めての夏が終わろうとしている。
あの日、椚見哲平の調査に終止符が打たれた。スマホも、結局岡崎へと返却をすることになったが、その後どのように処理されかは、藤丸のあずかり知るところではない。千代田とも自然と連絡が途絶えていて、藤丸の夏は、いよいよ部活一色になりそうだ。
今日はサッカー部の練習が午前中にあり、午後は空き教室でのミーティングとなった。キャプテン、副キャプテンなどが発表され、今後の活動方針などが話し合われる中で、廊下側一番後ろの席に腰を掛けていた藤丸は、途中から廊下に人の気配を感じていた。
ミーティングが終わり解散となったのは午後二時半。
廊下を出た先、並んで壁に寄り掛かっていたのは、祐樹をはじめとするバスケ部のメンバーだった。部活終わりなのか、足元には大きなリュックが置いてある。
「草太、お疲れ」
「あっ、お疲れ」
もしかして、遊びの誘いかもしれない――という期待は、すぐに引いた。明らかに冷めている祐樹の表情と、藤丸を横目に見るような傍観顔のテルたち。妙に空いた間に、冷気が容赦なく入り込んでくる気がした。
嫌な予感がする。
そして、その予感は当たってしまう。
ポケットに手を突っ込み、一歩前に出た祐樹が口を開いた。
「草太さ、岡崎になんか言った?」
「……え?」
予想もしていなかった岡崎の名前に、思わず間抜けな声が漏れる。てっきり、真田悠由のことで何か言われるものだと身構えていたのが、体から徐々に力が抜けていった。
「いや、なんも言ってないと思うけど」
「なんか、落とし物がどうたら、とか言われたけど」
「……あっ」
夏休み前、体育教官室での出来事がぱっと頭に浮かぶ。
――あ、あの! バスケ部のやつらがその名前を出しているのを小耳に挟んで。
椚見哲平のスマホを拾ったという事実を隠すため、咄嗟についた嘘。その場しのぎで、後先のことを何も考えずに出た言葉だった。
ただ、自分が祐樹たちの名前を出したわけではない。
――バスケ部の部室の奥から、見つかったそうです。でも、バスケ部にそんな名前のやついないからって、同じクラスの松谷たちがそう話してて。
明確に、祐樹たちの名前を出したのは千代田だ。自分ではない。しかし、その名前を出させたのは自分だという自覚はあった。
「ごめん。岡崎先生になんか言われた?」
「普通に、落とし物のタオルがあるのなら早めにくださいって、ただそれだけ」
「あぁ、そっか。それなら、よかった」
落とし物として提出しなかったことにより、窃盗という謂れのない罪で責め立てられたのではないかと、正直不安だった。
ほっと胸を撫でおろす。
「いや、よかった、じゃなくてさ」
瞬間、祐樹の眉間に皺が寄った。肝が冷え、自然と背筋が伸びる。
「なんかその、俺らの名前出しとけば、みたいなのがすごく嫌だったんだけど」
「えっ」
そんなつもりは、毛頭なかった。そう弁明しても、何も意味がなさそうだということは、祐樹たちは醸し出す雰囲気で察してしまう。気づかないところで、修復不可能なまでに、藤丸と祐樹たちの間には深い溝が生まれてしまっていた。いや、最初から、小さな溝はあったのかもしれない。
尻すぼみに「ごめん」という言葉しか出てこない。
「真田の話も聞いたよ」横から、テルが口を挟む。「草太にストーカーまがいなことされたって。すごい困ってたぞ」
「いや、それは……」
「言い訳すんなよ、みっともねえから」
心底呆れた声を出され、いよいよ唇を結んだ。
もう、終わってしまうのか――。
あまりに短命な花だった。一番輝いていたのは咲いたそのときで、時間が経つにつれ、周りの花とルーツが違うことに嫌でも気づかされた。それを悟られぬよう、ただ空だけを見つめる日々は、もう終わる。
「本当に、ごめん」
エナメルバッグを肩に掛けなおし、祐樹たちの間を足早に通り抜ける。後ろから、「草太!」と呼ぶ声がしたけれど、そのあとに続いて「ほっとけよ」というテルの声が聞こえて、耳を塞ぎたくなった。
自分が積み上げてきたものが、音を立てていっきに崩れていくような音がする。



