キモミ先輩


 オカルト誌『怪談現代』の編集者から話を聞けたというのは、それから一週間後のことだった。本当は朔とともに、その編集者から話を直接聞きたかったのだが、社外秘だから、という理由で断られてしまったそうだ。

 その日は天気が荒れていて、アスファルトを打つ雨音と、一定の間隔で響き渡る遠雷をBGMに、千代田宅のダイニングテーブルで向かい合った。朔と会うのは、一週間ぶりだった。

「この間は、すみませんでした」

「いいの、いいの! 全然気にしないで!」

 玄関で顔を合わせたとき、早々に謝罪をしたが、朔は変わらぬ笑顔で出迎えてくれた。

 しかし、ダイニングテーブルを挟んだいま、その表情はどこか重い。口を開きかけては閉じ、また開いては、今度は深呼吸をしてから口を閉じる。

「なんだよ、兄貴。もったいぶってないで早く言えよ」

 耐えかねた千代田が、呆れたように吐く。それでも、朔は「いや……」と言い淀んだ。そして、千代田と藤丸の顔を交互に見てから、深く息をつく。
 妙な間に隠されているのがいったい何なのか、藤丸も思わず体が前のめりになった。

「今回の調査、もう終わりにしよう」

 閃光が、朔の横顔を照らす。

「えっ」千代田の声が漏れた。「えっ、どうして」

 身を乗り出す千代田に、朔が「ちゃんと話すから」と諭す。

 朔の口から放たれた言葉は、あまりにも衝撃的なものだった。

『怪談現代』に例のエピソードを投稿していた田辺柊吾が、亡くなっていたというのだ。

 朔から藤丸たちの話を聞いた『怪談現代』編集部は、学校怪談の謎を追うという名目で長期連載を企画した。次号の入稿には間に合わずとも、次々号から何か書けないかと、朔が想像していた以上に躍起になっていたという。惰性で続いている企画に新しい風を吹かせたい、という編集者たちの熱い思いからだろうが、それは叶うことはなかった。
 追加取材のため、投稿用はがきに記載してあった住所に向かうと、そこはもぬけの殻だった。単身者用の古いアパートで、大家から話を聞いてみると、どうやら貸していた部屋の一室で亡くなっていたという。

 部屋の状況から、自死と判断された。

 どんな反応を示すのが正解なのかわからないまま、藤丸と千代田の目の前に、一枚のはがきが差し出される。
 それが何なのか、口にしなくてもわかった。
 そっと、窺うように視線を交えたあと、それを手に取ったのは千代田だった。

 文耀社『怪談現代』編集部宛てと書かれた面を裏返す。
 そこには、なんとか形を保った文字が、羅列していた。細かく書かれた字は、それだけで解読が困難だが、あらかじめ誌面で内容を把握していたため、ぎりぎり読むことができた。まったく情報がない状況から、あそこまで読み取れた編集部の人たちの力量がうかがえる。
 しかし、誌面でも解読不可と書かれていた後半部分は――。

「これって『1』と『2』だよな? 一年二組のことを指してるんじゃ……」

 藤丸が、目に入った数字を指さす。千代田も気づいていたのか、静かに頷いた。

「あとこれ。ここに『木』と『門』って字がある」

 千代田が指した文字は、確かに『木』と『門』だ。ただし、『門』の右側が意図的になのか書かれていない。これでは、編集者が読み取れなかったのも無理はない。

 一年二組。『木』と『門』の左側。
 これだけで、藤丸と千代田には、その文面が誰を示しているのかはわかった。よく見てみれば、学校名や最寄り駅名の一部の漢字も紛れ込んでいる。しかし、前後の文字とのつながりは感じられず、その体は文字化けのようだった。

「兄貴、もしかして呪いだって言いたいの?」

 はがきから視線を上げた千代田が、淡々と聞く。

「違う。俺は呪いなんか信じちゃいない」

「じゃあ、なんで終わりだなんて……」

「今朝、黒森さんが亡くなった」

 黒森さんが、亡くなった――。
 朔の言葉を何度も反芻する。聞いただけでは理解しきれなかった言葉が、徐々に現実味を帯び始め、鈍器となり藤丸の頭に振りかぶる。ぐわんぐわんと歪む視界に、吐き気すら覚えた。

 つい一週間前に会ったばかりの人が、亡くなった。

「今日の夕刊に載る、まだ未出の情報だ。俺も小野伝手に聞いただけで詳しいことはわからないけど、彼もまた、自死だった」

 自責の念に駆られる。
 自分のせいだなんて烏滸がましいにもほどがあるかもしれないが、そう思わずにはいられない。

 あの日、自分の言葉で黒森を追い詰めてしまったのではないか。

 ――いじめですよ、それ。

 冷めた声が、藤丸の脳内をぐるぐる回る。
 罪悪感に苛まれ、自然とこうべが垂れた。

 ――俺の、せいかもしれない。
 遠雷が、先ほどよりも、もっと遠くに感じられた。心臓が早鐘を打つ音、情けなく乱れた呼吸、そして千代田と朔の息を吸う音がかろうじて聞こえる。

「もう一回言う。俺は、呪いなんて信じない。この二人の死が呪いだなんて、そんな考えは死者への冒涜だ。――でも、人の悲しみや苦しみは連鎖するものだと思ってる。それは、有もわかってるだろ?」

 朔の語尾が、優しく響いた。
 千代田が、無意識のうちに落ちていた視線を、兄の朔へと向ける。

「ここまできたら、もう協力はできない。できる限り、このことから有を遠ざけたいと思ってる」

「……兄貴。でも、俺――」

「頼むよ、有」

 朔から絞り出された弱々しい声に、藤丸も胸が痛んだ。
 両親を亡くし、二人三脚でやってきた兄弟だ。朔が千代田を思う気持ちは、兄弟愛以上に、親子愛に近いものを感じた。

「兄ちゃんもう、大事な家族を失いたくない」

 ふと、窓の外に視線を向ける。
 空を覆いつくす灰色の雲が、先ほどよりも低い位置にあった。