キモミ先輩

 長期休暇中の校舎内は暗い。部活動や補講で登校を余儀なくされる生徒はいるものの、各運動部の夏季大会は佳境を迎え、新チーム稼働に向けて束の間の休息期間に入っている部活も少なくはない。補講も、二階以上の空き教室で行われているため、一階はほぼ無人だった。
 そんな暗がりの中に一人、下駄箱の側面に寄り掛かるようにして立っている人影が見える。その影に近づく前に、襟元に鼻を寄せる。少し汗のにおいもしたけれど、それを覆うほどのシトラスのにおいにほっとして、足を前に出した。

「おう、お疲れ」

 こちらに気づいた千代田が、着けていたヘッドフォンを首にかけ、軽く手を上げる。

「何聴いてたの」

 その問いに返ってきたバンド名に、藤丸は思わず「えっ」と声が出た。

「千代田、なんで知ってるの」

「なんでって……好きだから」

「好きって言ったって……結構マイナーじゃない? 邦ロック好きなら知ってるだろうけど――って、もしかしてバンド好き?」

「うん、好き」

「マジか」

 まさかの共通点に、少々昂る。そして、いままでこういった日常会話をしてこなかったということに、改めて気づかされた。もしかしたら、他にも何か好きなものが同じだったりするかもしれないが、なんだか気恥ずかしい。もう少し深堀したい欲を抑えたところで、早速本題に入る。

「あのさ、練習中も考えてみたんだけど、やっぱり俺一人で行った方がいいかなって思うんだ。来てもらって悪いんだけどさ」

「あぁ、それなら俺も、藤丸一人で聞いてもらった方がいいかなって思ってた。真田(さなだ)って、松谷たちとよく話してるし、藤丸も交流あるでしょ」

「まあね」

 正直な話、一言二言しか交わしたことしかなかったが、変な見栄を張ってしまった。