キモミ先輩


〈ついた〉

 そうメッセージを送れば、千代田はタリーズコーヒーから現れた。
 どうやら早めに来て涼んでいたようだが、店内と外の温度差をひしひし感じているのか、やや不機嫌そうな顔で片手をあげる。

「暑いな」

「うん、暑い」

「よし、行くか」

 先陣を切って歩き出した千代田の数歩後ろを、藤丸は歩く。

 私服で会うのは、五月に行われた校外学習のとき以来だったが、そのときは千代田の服装を気にしていたわけではなかったので、今回が初ということになる。白のTシャツに黒のパンツ、黒のボディバッッグ。デートに着ていったら恋人から嫌がられそうなほどシンプルだが、藤丸は特段驚きもしなかった。普段の千代田のキャラ的に、おおむね服装の予想がついていたのだ。実際、白Tシャツと黒パンツは被ると踏んで、藤丸はネット通販で新調したちょっとおしゃれな模様が入ったレーヨンシャツと、ユニクロで買ったカーキ色のワイドパンツを選んだ。ボディバッグは被ってしまったが、荷物が少ない男子にとってはマストアイテムなのだから仕方ない。

 持参したハンドタオルで時折汗を拭きながら歩く。ドラッグストアを越えたあたりで、千代田が突然歩くスピードを藤丸に合わせた。それに合わせて、藤丸はさらにスピードを落とす。

「え、何」

 先ほどまでは狭い道だったため、数歩後ろを歩く口実があったが、突然幅が膨らんだこの道ではそれは通用しない。
 千代田に真顔で訊かれ「あ、えっと」と、しどろもどろになる。

 つい数日前、祐樹の前では千代田を陰キャ扱いしていたというのに、いざ二人になると自分を大きく見せるための踏み台が行方不明になってしまう。

「いや、その……怒ってないの?」

「何が」

「何がって、俺、すっぽかしたでしょ。それ、怒ってないのかなー……って」

「あぁ」

 合点がいったような声が上がった。千代田の横顔には、なぜか笑みが浮かんでいる。

「何、藤丸ってもしかしてM?」

「はい?」

「怒ってほしいなら怒るけど」

「そういうわけじゃ……」

 ない、とはっきり言い切れないのは、やはり四日前の自分の行動に後ろめたさがあったからだ。だからこそ、あのあと「寝ていた」と嘘でもメッセージを返したし、今日こうやって約束した図書館へと向かっている。

 朝だというのに、太陽は容赦なく熱波を放っていた。頭頂部に感じる熱は、無節操な藤丸を責め立てているようにさえ感じられる。

「俺、……嬉しかったよ」

 しかし、千代田から降ってきた言葉は、藤丸が置かれている状況にあまりにもそぐわなかった。藤丸も思わず「嬉しかった?」と聞き返してしまう。

「まぁ、嬉しかったってゆーか、見直したってゆーか……いや、見直しただとちょっと上からか」

 千代田も言葉選びにやや自信がなかったのか、何やらぶつぶつと呟いた後、いよいよ諦めて「とにかく」と続けた。

「とにかく、来なかったことに関しては怒ってない」

「ごめん」

「だから、怒ってないって。でも、これからは約束してほしい」

「……何?」

 千代田お決まりのポーカーフェイスに、普段は感じない真面目臭さのようなものを感じ取る。洞穴のような先の見えない瞳に吸い込まれそうで、藤丸は思わず唾を呑み込んだ。

「面倒になったりとか、もう付き合ってらんないってなったら、無視するんじゃなくて言ってほしい。無理して一緒にいてもらわなくていいし、LINEでも電話でもいいから、連絡くらいはしてくれないか」

「……わかった」

「変なこと頼んでごめん。でも、やっぱり心配だから」
 そう言って、千代田は力なく微笑んで見せた。

 心配。そこまで親しい間柄ではない藤丸からしたら、その言葉はどこか大袈裟に感じられた。
 間違いなく藤丸に向けられた言葉のはずなのに、遠くで誰かが、千代田の言葉を静かに受け取っているような気がした。