君の体温が欲しくて

鉄格子に切り取られた月光が、冷たいコンクリートの床に細長い影を落としている。
深夜の刑務所、その静寂を破るのは、遠くで聞こえる巡回ガードの足音と、湿った隅で蠢く小さな生き物の足音だけだった。

かつて村を支配していた男――校長は、独房のベッドに腰掛け、微動だにせず闇を見つめていた。その整った顔立ちは、囚人服を纏ってなお、どこか超然とした威厳を保っている。

「……おいで」

低く、心地よく響く声。
壁の隙間から、一匹のドブネズミが鼻をひくつかせながら姿を現した。校長は、囚人服のポケットから大切に保管していたパンの欠片を取り出し、掌に乗せる。ネズミは迷うことなく彼の手元に駆け寄り、一心不乱に餌を貪り始めた。

「いい子だ。たっぷりお食べ。……だが、これだけでは足りないだろう?」

校長は薄く、慈しむような笑みを浮かべた。
彼は空いた方の手で、ネズミの背を優しく撫でる。そして、餌を食べているネズミの目の前に、自身の細い人差し指を差し出した。

「さあ。私の『力』も分けてあげよう」

ネズミが鋭い前歯を立てた。
指先から、ぷっくりと赤い血が滲み出す。ネズミは一瞬動きを止めたが、やがてその血の味に惹かれるように、校長の指に吸い付いた。

ドクン。

校長の脳裏に、あの雪深い村の景色が、薬草の苦味が、そして失った「生贄」たちの顔が鮮明に浮かび上がる。指先を通じて、彼自身の意志と狂気が、ネズミの小さな体に流れ込んでいく。

「……思い出しなさい。あの凍てつく冬の匂いを。土の中に眠る薬草の根の味を」

校長の瞳が、リムレスの眼鏡の奥で怪しく、無機質な光を放った。
彼はネズミを目の高さまで持ち上げ、その小さな耳元で、呪文を唱えるように静かに囁く。

「村へ行きなさい。あそこにはまだ、私の『種』が残っている。それを見つけ、芽吹かせるのだ。……行きなさい。私の分身として」

ネズミの瞳が、一瞬だけ校長の瞳と同じ、底知れない闇の色に染まった。
血を飲み干したネズミは、まるで意思を持った機械のように、校長の手から勢いよく飛び降りた。

ネズミは独房の床を疾走し、普通の生き物なら到底通り抜けられないような、鉄格子の僅かな隙間へと滑り込む。

「……もうすぐ、また冬が来る」

校長は指先の傷を愛おしそうに舐め取り、闇の中に消えていく小さな影を、満足げに見送り続けた。
檻を飛び出したその小さな災厄は、壁を伝い、通気口を抜け、主の執念だけを道標にして、再びあの村へと向かって走り出した。