のぼせが引いてすっかり落ち着きを取り戻した純太とともに、二人は旅館の浴衣から再び厚手の私服へと着替えた。
時刻は午後十一時半。テレビの年越し特番も佳境に入る頃、二人は防寒着に身を包み、宿の近くにあるという地元の小さな神社へ向けて歩き出した。
純太の首元には、先日のクリスマスにコウが贈ったマフラーがしっかりと巻かれている。
「外、やっぱり結構冷えますね」
「まあな。でも、風呂上がりだからちょうどいいや」
キュッ、キュッ、と新雪を踏みしめる音が、静かな夜の温泉街に響く。
空からはらはらと舞い落ちる雪は相変わらず冷たいが、手袋越しにしっかりと繋がれた純太の手からは、確かな熱が伝わってくる。
コウは繋いだ手を自分のコートのポケットに引き込み、純太と肩がぶつかるほどに距離を詰めて歩いた。
十分ほど歩くと、雪化粧をした石鳥居と、提灯の柔らかな明かりが見えてきた。
地元のこぢんまりとした神社だが、境内には初詣に訪れた近所の人々や宿泊客がそこそこ集まっており、焚き火のパチパチとはぜる音と、人々の穏やかな話し声が満ちていた。
「結構人いるな」
「ええ。なんだか、こういうお祭りみたいな空気、久しぶりです」
純太は焚き火の赤い光に照らされながら、少し眩しそうに目を細めた。
やがて、日付が変わる数分前。
人々のざわめきが少しずつ静まり、どこか厳かな空気が境内に満ちていく。
そして。
――ゴーン……。
遠くの寺から、重く、そして深く腹の底に響くような除夜の鐘の音が聞こえてきた。
一つ、また一つと、静かな雪空に鐘の音が吸い込まれていく。
「……年が、明けましたね」
純太がぽつりと呟く。時計の針は、午前零時を指していた。
あの終わらない冬という名の呪縛に囚われていた旧い年が完全に終わり、二人が自らの手で掴み取った、新しい年が始まった瞬間だった。
「あけましておめでとう、先生」
「はい。あけましておめでとうございます、コウ君」
二人は微笑み合い、列が進むのに合わせて本殿の前へと進み出た。
賽銭箱に硬貨を投げ入れ、カランカランと鈴を鳴らす。
二礼二拍手。冷たい空気に、パンッ、という柏手の音が小気味良く響いた。
コウは目を閉じ、胸の前で手を合わせる。
(春になったら、絶対に先生と同じ大学に合格しますように。……それで、これからもずっと、先生の隣で笑っていられますように)
高校生としての素直で切実な願いを神様に託す。
一方、隣で静かに目を閉じている純太もまた、心の中で深く祈りを捧げていた。
(もう、春が来ても忘れられることはない。僕の時間は、ちゃんと明日へ進んでいく。……どうか、これから先もずっと、彼と生きていけますように。この温かい日々が、永遠に続きますように)
長い祈りを終え、二人は同時に目を開けてお辞儀をした。
「……何お願いしたの?」
列から離れながらコウが尋ねると、純太は少し悪戯っぽく微笑んで首を振った。
「秘密です。人に言うと、叶わなくなってしまいそうですから。……コウ君は?」
「俺も内緒。……でもまあ、俺の努力次第で絶対に叶えてみせるけどね」
「ふふっ、頼もしいですね」
お互いに願い事の内容は秘密にしたままだったが、目を見合わせれば、不思議と同じ未来を思い描いていることだけは確実に伝わってきた。
境内の隅では、地元のボランティアらしき人々が甘酒を振る舞っていた。
「あ、甘酒だ。先生、もらいに行こ」
「えっ? でも、僕は少しでいいですよ。夜中に甘いものを飲むと胃が……」
「いいからいいから」
コウが駆け寄って受け取ってきたのは、湯気を立てる紙コップ一つだけだった。
「ほら、一口飲んでみて。あったまるから」
コウはまず自分がズズッと一口飲み、そのまま純太へと紙コップを差し出した。
「え……あ、ありがとう、ございます……」
間接キスになることを一瞬意識してしまい、純太は少しだけ頬を染めながら紙コップを受け取る。コウが口をつけたのと同じ場所にそっと唇を当て、甘酒を一口飲んだ。
米麹の優しい甘さと、生姜のピリッとした風味が冷えた体にじんわりと染み渡っていく。
「美味しい……」
「だろ? やっぱ冬の外で飲む甘酒って最高だよな」
「ええ。本当に」
二人は焚き火の近くの邪魔にならない場所に立ち、一つの紙コップを交互に分け合いながら、静かに降り続く雪を眺めた。
吐く息は白く、鼻の頭は冷たくなっていたが、肩を寄せ合う二人の間には、どんな寒さも入り込めないほどの絶対的な熱があった。
「……こうしていると、なんだか不思議ですね」
純太が甘酒の残ったコップを両手で包み込みながら、ぽつりと言った。
「あの冷たくて恐ろしかった雪の夜が、今はこんなに平和で、愛おしく感じるなんて」
「……うん」
コウは純太の肩に自分の肩をこつんとぶつけ、その温もりを確かめるように微笑んだ。
「俺たち、やっと普通の冬を取り戻せたんだな」
遠くで再び、除夜の鐘がゴーンと鳴り響く。
冷たい夜気の中で身を寄せ合う二人の新年は、これ以上ないほど穏やかで、温かな時間に包まれていた。
時刻は午後十一時半。テレビの年越し特番も佳境に入る頃、二人は防寒着に身を包み、宿の近くにあるという地元の小さな神社へ向けて歩き出した。
純太の首元には、先日のクリスマスにコウが贈ったマフラーがしっかりと巻かれている。
「外、やっぱり結構冷えますね」
「まあな。でも、風呂上がりだからちょうどいいや」
キュッ、キュッ、と新雪を踏みしめる音が、静かな夜の温泉街に響く。
空からはらはらと舞い落ちる雪は相変わらず冷たいが、手袋越しにしっかりと繋がれた純太の手からは、確かな熱が伝わってくる。
コウは繋いだ手を自分のコートのポケットに引き込み、純太と肩がぶつかるほどに距離を詰めて歩いた。
十分ほど歩くと、雪化粧をした石鳥居と、提灯の柔らかな明かりが見えてきた。
地元のこぢんまりとした神社だが、境内には初詣に訪れた近所の人々や宿泊客がそこそこ集まっており、焚き火のパチパチとはぜる音と、人々の穏やかな話し声が満ちていた。
「結構人いるな」
「ええ。なんだか、こういうお祭りみたいな空気、久しぶりです」
純太は焚き火の赤い光に照らされながら、少し眩しそうに目を細めた。
やがて、日付が変わる数分前。
人々のざわめきが少しずつ静まり、どこか厳かな空気が境内に満ちていく。
そして。
――ゴーン……。
遠くの寺から、重く、そして深く腹の底に響くような除夜の鐘の音が聞こえてきた。
一つ、また一つと、静かな雪空に鐘の音が吸い込まれていく。
「……年が、明けましたね」
純太がぽつりと呟く。時計の針は、午前零時を指していた。
あの終わらない冬という名の呪縛に囚われていた旧い年が完全に終わり、二人が自らの手で掴み取った、新しい年が始まった瞬間だった。
「あけましておめでとう、先生」
「はい。あけましておめでとうございます、コウ君」
二人は微笑み合い、列が進むのに合わせて本殿の前へと進み出た。
賽銭箱に硬貨を投げ入れ、カランカランと鈴を鳴らす。
二礼二拍手。冷たい空気に、パンッ、という柏手の音が小気味良く響いた。
コウは目を閉じ、胸の前で手を合わせる。
(春になったら、絶対に先生と同じ大学に合格しますように。……それで、これからもずっと、先生の隣で笑っていられますように)
高校生としての素直で切実な願いを神様に託す。
一方、隣で静かに目を閉じている純太もまた、心の中で深く祈りを捧げていた。
(もう、春が来ても忘れられることはない。僕の時間は、ちゃんと明日へ進んでいく。……どうか、これから先もずっと、彼と生きていけますように。この温かい日々が、永遠に続きますように)
長い祈りを終え、二人は同時に目を開けてお辞儀をした。
「……何お願いしたの?」
列から離れながらコウが尋ねると、純太は少し悪戯っぽく微笑んで首を振った。
「秘密です。人に言うと、叶わなくなってしまいそうですから。……コウ君は?」
「俺も内緒。……でもまあ、俺の努力次第で絶対に叶えてみせるけどね」
「ふふっ、頼もしいですね」
お互いに願い事の内容は秘密にしたままだったが、目を見合わせれば、不思議と同じ未来を思い描いていることだけは確実に伝わってきた。
境内の隅では、地元のボランティアらしき人々が甘酒を振る舞っていた。
「あ、甘酒だ。先生、もらいに行こ」
「えっ? でも、僕は少しでいいですよ。夜中に甘いものを飲むと胃が……」
「いいからいいから」
コウが駆け寄って受け取ってきたのは、湯気を立てる紙コップ一つだけだった。
「ほら、一口飲んでみて。あったまるから」
コウはまず自分がズズッと一口飲み、そのまま純太へと紙コップを差し出した。
「え……あ、ありがとう、ございます……」
間接キスになることを一瞬意識してしまい、純太は少しだけ頬を染めながら紙コップを受け取る。コウが口をつけたのと同じ場所にそっと唇を当て、甘酒を一口飲んだ。
米麹の優しい甘さと、生姜のピリッとした風味が冷えた体にじんわりと染み渡っていく。
「美味しい……」
「だろ? やっぱ冬の外で飲む甘酒って最高だよな」
「ええ。本当に」
二人は焚き火の近くの邪魔にならない場所に立ち、一つの紙コップを交互に分け合いながら、静かに降り続く雪を眺めた。
吐く息は白く、鼻の頭は冷たくなっていたが、肩を寄せ合う二人の間には、どんな寒さも入り込めないほどの絶対的な熱があった。
「……こうしていると、なんだか不思議ですね」
純太が甘酒の残ったコップを両手で包み込みながら、ぽつりと言った。
「あの冷たくて恐ろしかった雪の夜が、今はこんなに平和で、愛おしく感じるなんて」
「……うん」
コウは純太の肩に自分の肩をこつんとぶつけ、その温もりを確かめるように微笑んだ。
「俺たち、やっと普通の冬を取り戻せたんだな」
遠くで再び、除夜の鐘がゴーンと鳴り響く。
冷たい夜気の中で身を寄せ合う二人の新年は、これ以上ないほど穏やかで、温かな時間に包まれていた。
