君の体温が欲しくて

日が落ちて外が完全に暗闇に包まれた頃、仲居さんが部屋に夕食を運んできた。
部屋食のテーブルに所狭しと並べられたのは、まさに「雪国の冬の味覚」のフルコースだった。

「おおっ……! なにこれ、カニでかっ! 刺身もすげー!」
「すごいですね……。お鍋もありますし、ご飯も炊き立てですよ」

立派なズワイガニの姿茹でに、透き通るような寒ブリのお刺身。湯気を立てる海鮮鍋に、地元で採れたというツヤツヤの白いコシヒカリ。
そのあまりにも豪華な光景に、二人はゴクリと喉を鳴らした。

「さあ、冷めないうちにいただきましょうか」
「うん! いただきます!」

コウは早速、メインのズワイガニに手を伸ばした。専用のハサミで殻を割り、身をほじくり出そうとするが、不慣れなためになかなか上手くいかない。

「あれっ、上手く取れねえ。カニって食べるの難しいな」
悪戦苦闘するコウを見かねて、純太がふっと笑った。
「貸してください。僕がやりますから」

純太は器用な手つきでカニの殻を割り、スルリと綺麗に身を取り出すと、それを小皿に取り分けるのではなく、そのまま箸で摘んでコウの口元へと運んだ。

「ほら、コウ君。あーん」
「えっ……あ、あーん」

突然の「あーん」に少し戸惑いながらも、コウは大人しく口を開けた。
口の中に広がったのは、カニ特有の濃厚な甘みと、磯の香り。そして何より、純太の手から直接食べさせてもらったという事実が、最高のスパイスになっていた。

「んんっ! うまっ! なにこれ、超美味い!」
「ふふ、それはよかったです」

美味しそうに頬張るコウを見て、純太も嬉しそうに目を細めた。

「……コウ君」
「ん?」
「これからは、二人で本当に美味しいものだけを、たくさん食べましょうね」
「……うん。そうだね」

コウはパッと明るい笑顔で返すと、今度は自分が箸を持ち、鍋の中から美味しそうに煮えたブリの身を取り出した。
フーフーと息を吹きかけて冷ますと、それを純太の口元へと差し出す。

「はい、先生も。あーんして」
「えっ? いや、僕は自分で……」
「いいから! 俺にも食べさせろ! ほら、あーん!」

有無を言わさぬコウの圧に負け、純太は観念したように小さく口を開けた。

「……あ、あーん」
「どう? 美味い?」
「……はい。すごく、美味しいです」
「先生、ご飯おかわり! あと、このエビも先生が剥いてよ!」
「もう、甘えん坊ですね。少しは自分でやってみてくださいよ」

文句を言いながらも、純太は甲斐甲斐しくエビの殻を剥き、再びコウの口へと運んでやる。
外の雪がどれほど深く積もろうとも、この温かな部屋には、もう冷たい呪いが入り込む隙などどこにもなかった。
二人の幸せな笑い声だけが、夜更けの温泉宿に静かに響き渡っていた。