ひとしきり涙を流し終え、少し落ち着きを取り戻した純太から体を離すと、コウは自らの氷のように冷え切った両手をじっと見つめた。
「……春になっても、俺は絶対に先生のことを忘れたくない」
「コウ君……」
「このままじゃ、雪が溶けたら俺の記憶も消えて、またあの村に引き戻されちまう。……真剣に、この体を元に戻して、呪いを完全に終わらせる方法を探そう。」
コウの力強い言葉に、純太も赤く腫れた目を拭い、大きく頷いた。
手がかりを求めて二人は部屋の中を調べ始めた。
机の上に積まれた分厚い専門書やプリントの束を見て、コウはふと目を丸くした。
「これって……薬学の本? 先生、薬学部に通ってたのか」
「ええ。……思い出したわけじゃありませんが、僕の残したノートやレポートを見る限り、生薬や植物由来の成分を専攻していたみたいです」
純太がそう言いながら、先ほどの日記のさらに前のページ、大学に入学したばかりの頃の記述をパラパラとめくっていた時のことだった。
「――えっ?」
純太の指が止まる。その視線の先を追ったコウもまた、日記に書かれたある一文を目にして、雷に打たれたように硬直した。
「嘘だろ……これ、俺の親父の名前だ……!」
「お父さんの……?」
日記には、コウの父親である教授の名前がはっきりと記されていた。
コウの父親は、この大学の薬学部で『特殊な薬草』の研究を行っており、大学1年生だった純太は、その研究室に頻繁に遊びに行くほど親しくしていたのだという。
『教授は、いつも僕に村の伝承や植物の効能について教えてくれる。東京にいるはずなのに、なぜかあの村の雪景色の話をすると、ひどく悲しそうな顔をするのだ』
コウの心臓が早鐘のように鳴り始めた。
そして、日記の記述は、コウの父親が亡くなった直後の日付でこう締めくくられていた。
『教授が亡くなる数日前、僕に奇妙なことを言っていた。
――“純太君。もし君が、冬になっても僕のことを覚えていたら。大学の研究室の奥に隠してある、僕の調査結果を読んでほしい”と。
どういう意味なのかわからない。冬になっても覚えている、とはどういうことだろう』
二人は顔を見合わせた。
「これだ……!」
コウが弾かれたように立ち上がる。
「親父は、村の呪いの『正体』に気づいてたんだ! そして、冬になれば記憶を失う純太に、なんとかしてそれを伝えたかったんだよ!」
希望の光が、はっきりと見えた。
「すぐに行こう、先生! 今から大学に忍び込む!」
勢いよく歩き出そうとしたコウだったが、純太はその腕をスッと掴んで引き止めた。
「待ってください、コウ君。行くのはいいですが……君、ずっとその格好じゃないですか」
「え?」
見下ろせば、コウは村から逃げ出してきた時のままの、薄着の高校の制服姿だった。寒風吹きすさぶ村の中を走り回り、一晩中着の身着のままでいたため、すっかりシワだらけになっている。
「いくら体温を感じない体になっているとはいえ、そんな目立つ格好で大学のキャンパスをうろつくのは危険です。僕の服を貸すので、着替えてください」
純太はクローゼットを開け、自分のスウェットとパーカーを取り出してコウに手渡した。
「お、マジ? サンキュー!」
コウは遠慮なくその場で制服を脱ぎ捨て、純太の服に袖を通した。
身長はコウの方が少し高くなりつつあるものの、純太の服はゆったりとしたシルエットのものが多く、コウの体にも違和感なく収まった。
「……ふふっ」
袖口を引っ張りながら、コウがだらしなく頬を緩ませる。
「なんだか、すごくニヤニヤしていますね……」
純太が睨むと、コウはパーカーの襟元に顔を埋めて、さらに嬉しそうに笑った。
「だってこれ、先生の匂いがするし。それに、彼シャツならぬ『彼パーカー』ってやつ? 」
「なっ……! バカなこと言ってないで、早く行きますよ!」
カッと顔を赤くしてそっぽを向く純太。
その照れ隠しで早足に玄関へ向かう純太の背中を、コウは「待ってよ先生ー」と笑いながら追いかけた。
二人の足取りは、いつしか確かな希望と熱を帯びて、再び大学のキャンパスへと向かっていた。
「……春になっても、俺は絶対に先生のことを忘れたくない」
「コウ君……」
「このままじゃ、雪が溶けたら俺の記憶も消えて、またあの村に引き戻されちまう。……真剣に、この体を元に戻して、呪いを完全に終わらせる方法を探そう。」
コウの力強い言葉に、純太も赤く腫れた目を拭い、大きく頷いた。
手がかりを求めて二人は部屋の中を調べ始めた。
机の上に積まれた分厚い専門書やプリントの束を見て、コウはふと目を丸くした。
「これって……薬学の本? 先生、薬学部に通ってたのか」
「ええ。……思い出したわけじゃありませんが、僕の残したノートやレポートを見る限り、生薬や植物由来の成分を専攻していたみたいです」
純太がそう言いながら、先ほどの日記のさらに前のページ、大学に入学したばかりの頃の記述をパラパラとめくっていた時のことだった。
「――えっ?」
純太の指が止まる。その視線の先を追ったコウもまた、日記に書かれたある一文を目にして、雷に打たれたように硬直した。
「嘘だろ……これ、俺の親父の名前だ……!」
「お父さんの……?」
日記には、コウの父親である教授の名前がはっきりと記されていた。
コウの父親は、この大学の薬学部で『特殊な薬草』の研究を行っており、大学1年生だった純太は、その研究室に頻繁に遊びに行くほど親しくしていたのだという。
『教授は、いつも僕に村の伝承や植物の効能について教えてくれる。東京にいるはずなのに、なぜかあの村の雪景色の話をすると、ひどく悲しそうな顔をするのだ』
コウの心臓が早鐘のように鳴り始めた。
そして、日記の記述は、コウの父親が亡くなった直後の日付でこう締めくくられていた。
『教授が亡くなる数日前、僕に奇妙なことを言っていた。
――“純太君。もし君が、冬になっても僕のことを覚えていたら。大学の研究室の奥に隠してある、僕の調査結果を読んでほしい”と。
どういう意味なのかわからない。冬になっても覚えている、とはどういうことだろう』
二人は顔を見合わせた。
「これだ……!」
コウが弾かれたように立ち上がる。
「親父は、村の呪いの『正体』に気づいてたんだ! そして、冬になれば記憶を失う純太に、なんとかしてそれを伝えたかったんだよ!」
希望の光が、はっきりと見えた。
「すぐに行こう、先生! 今から大学に忍び込む!」
勢いよく歩き出そうとしたコウだったが、純太はその腕をスッと掴んで引き止めた。
「待ってください、コウ君。行くのはいいですが……君、ずっとその格好じゃないですか」
「え?」
見下ろせば、コウは村から逃げ出してきた時のままの、薄着の高校の制服姿だった。寒風吹きすさぶ村の中を走り回り、一晩中着の身着のままでいたため、すっかりシワだらけになっている。
「いくら体温を感じない体になっているとはいえ、そんな目立つ格好で大学のキャンパスをうろつくのは危険です。僕の服を貸すので、着替えてください」
純太はクローゼットを開け、自分のスウェットとパーカーを取り出してコウに手渡した。
「お、マジ? サンキュー!」
コウは遠慮なくその場で制服を脱ぎ捨て、純太の服に袖を通した。
身長はコウの方が少し高くなりつつあるものの、純太の服はゆったりとしたシルエットのものが多く、コウの体にも違和感なく収まった。
「……ふふっ」
袖口を引っ張りながら、コウがだらしなく頬を緩ませる。
「なんだか、すごくニヤニヤしていますね……」
純太が睨むと、コウはパーカーの襟元に顔を埋めて、さらに嬉しそうに笑った。
「だってこれ、先生の匂いがするし。それに、彼シャツならぬ『彼パーカー』ってやつ? 」
「なっ……! バカなこと言ってないで、早く行きますよ!」
カッと顔を赤くしてそっぽを向く純太。
その照れ隠しで早足に玄関へ向かう純太の背中を、コウは「待ってよ先生ー」と笑いながら追いかけた。
二人の足取りは、いつしか確かな希望と熱を帯びて、再び大学のキャンパスへと向かっていた。
