――カチッ、カチッ、カチッ。
規則正しい時計の針の音で、純太はゆっくりと重い瞼を開けた。
「……っ、痛……」
割れるような頭痛を堪えながら身を起こすと、そこは埃と古い紙の匂いがする、見知らぬ革張りのソファの上だった。壁には歴代の校長の写真が飾られており、どうやら学校の校長室らしい。
むせ返るように暑かったはずの夏の空気はどこにもなく、部屋の中は凍えるように冷え切っていた。純太の体には、いつの間にか見覚えのない分厚い黒いコートが着せられている。
「ここは……なんで……」
ふらつく足で立ち上がり、窓際に歩み寄って外を見た純太は、自分の目を疑った。
窓の向こうに広がっていたのは、見渡す限りの真っ白な銀世界。
つい先ほどまで青々と茂っていたはずの木々は枯れ果て、鉛色の空から、絶え間なく重たい雪が降り続いていたのだ。
夏に村へやってきたはずなのに、外は完全に「真冬」の景色へと変わっていた。失われた数ヶ月の記憶。
純太が窓ガラスに張り付き、震える息を吐き出したその時、背後から穏やかで、よく通る声が響いた。
「おはよう、黒島純太君。よく眠れていたかな?」
振り返ると、デスクの奥に一人の男が座っていた。
細身のスーツを隙なく着こなし、リムレスの眼鏡をかけた長身の男――この学校の校長だ。
知性を感じさせる非常に整った顔立ちをしているが、眼鏡の奥で細められたその瞳には微塵の温度も感じられない。
彼の口元には、冷徹で底知れない微笑みが浮かんでいた。
「……あ……、こ、校長先生……?」
純太は割れるような頭痛を堪え、震える声で問いかけた。
最後に覚えているのは、夏の熱気に包まれた公民館の喧騒だ。だが、今この部屋を支配しているのは、肌を刺すような凍える冷気。そして窓の外には、夏の面影など欠片もない、厚い雲に覆われた銀世界が広がっている。
「どうして……、僕は……、夏だったはずなのに、外が……」
混乱し、酸素を求める魚のように口をパクパクさせる純太を、校長は優雅に椅子に背を預けたまま、まるで興味深い標本を眺めるような目で見つめていた。
「時間は残酷なものだね。君が深い微睡みに落ちている間に、世界はすっかり色を変えてしまったようだ。……実に、五ヶ月ぶりかな」
「ご、五ヶ月……!? そんな、そんなはずは……っ」
驚愕で身を乗り出そうとした純太だが、あまりの倦怠感に再びソファへと沈み込んだ。その時、ふと自身の口内に残る「ある感覚」に気づく。
喉の奥にこびりついた、鉄錆のような、生臭い、不快な後味。
その純太の僅かな表情の変化を見逃さず、校長は口元に冷徹で底知れない微笑を浮かべた。
「……おや、何か思い出したかな?」
校長はデスクの上で優雅に指を組み、薄い唇を弧を描くように歪めた。
「あの赤紫蘇ジュース……少し、味がおかしかっただろう?誰かがね、前の『生贄』の血を混ぜたんだよ。この村の神様に捧げるための、特別な血を」
「……血? 生贄って、何を……」
「君がそれを飲み干した瞬間、呪いは成立した。黒島純太君、君はこの村の新しい『生贄』になったんだよ」
校長は立ち上がり、革靴の音を響かせながらゆっくりと純太に歩み寄る。そして、怯える純太を見下ろし、まるで何かの実験結果でも語るように淡々と告げた。
「君はこれから、冬の間だけこの世に現れ、存在することができる。だが、雪が溶け、春が来るたびに……君という存在は、村人たちの記憶から完全に消去される」
「な、にを……言ってるんですか……」
「そして、君はこの村から一生出ることはできない。逃げようとしても、永遠にこの雪に阻まれる」
それが、この村の『呪い』の正体だった。
規則正しい時計の針の音で、純太はゆっくりと重い瞼を開けた。
「……っ、痛……」
割れるような頭痛を堪えながら身を起こすと、そこは埃と古い紙の匂いがする、見知らぬ革張りのソファの上だった。壁には歴代の校長の写真が飾られており、どうやら学校の校長室らしい。
むせ返るように暑かったはずの夏の空気はどこにもなく、部屋の中は凍えるように冷え切っていた。純太の体には、いつの間にか見覚えのない分厚い黒いコートが着せられている。
「ここは……なんで……」
ふらつく足で立ち上がり、窓際に歩み寄って外を見た純太は、自分の目を疑った。
窓の向こうに広がっていたのは、見渡す限りの真っ白な銀世界。
つい先ほどまで青々と茂っていたはずの木々は枯れ果て、鉛色の空から、絶え間なく重たい雪が降り続いていたのだ。
夏に村へやってきたはずなのに、外は完全に「真冬」の景色へと変わっていた。失われた数ヶ月の記憶。
純太が窓ガラスに張り付き、震える息を吐き出したその時、背後から穏やかで、よく通る声が響いた。
「おはよう、黒島純太君。よく眠れていたかな?」
振り返ると、デスクの奥に一人の男が座っていた。
細身のスーツを隙なく着こなし、リムレスの眼鏡をかけた長身の男――この学校の校長だ。
知性を感じさせる非常に整った顔立ちをしているが、眼鏡の奥で細められたその瞳には微塵の温度も感じられない。
彼の口元には、冷徹で底知れない微笑みが浮かんでいた。
「……あ……、こ、校長先生……?」
純太は割れるような頭痛を堪え、震える声で問いかけた。
最後に覚えているのは、夏の熱気に包まれた公民館の喧騒だ。だが、今この部屋を支配しているのは、肌を刺すような凍える冷気。そして窓の外には、夏の面影など欠片もない、厚い雲に覆われた銀世界が広がっている。
「どうして……、僕は……、夏だったはずなのに、外が……」
混乱し、酸素を求める魚のように口をパクパクさせる純太を、校長は優雅に椅子に背を預けたまま、まるで興味深い標本を眺めるような目で見つめていた。
「時間は残酷なものだね。君が深い微睡みに落ちている間に、世界はすっかり色を変えてしまったようだ。……実に、五ヶ月ぶりかな」
「ご、五ヶ月……!? そんな、そんなはずは……っ」
驚愕で身を乗り出そうとした純太だが、あまりの倦怠感に再びソファへと沈み込んだ。その時、ふと自身の口内に残る「ある感覚」に気づく。
喉の奥にこびりついた、鉄錆のような、生臭い、不快な後味。
その純太の僅かな表情の変化を見逃さず、校長は口元に冷徹で底知れない微笑を浮かべた。
「……おや、何か思い出したかな?」
校長はデスクの上で優雅に指を組み、薄い唇を弧を描くように歪めた。
「あの赤紫蘇ジュース……少し、味がおかしかっただろう?誰かがね、前の『生贄』の血を混ぜたんだよ。この村の神様に捧げるための、特別な血を」
「……血? 生贄って、何を……」
「君がそれを飲み干した瞬間、呪いは成立した。黒島純太君、君はこの村の新しい『生贄』になったんだよ」
校長は立ち上がり、革靴の音を響かせながらゆっくりと純太に歩み寄る。そして、怯える純太を見下ろし、まるで何かの実験結果でも語るように淡々と告げた。
「君はこれから、冬の間だけこの世に現れ、存在することができる。だが、雪が溶け、春が来るたびに……君という存在は、村人たちの記憶から完全に消去される」
「な、にを……言ってるんですか……」
「そして、君はこの村から一生出ることはできない。逃げようとしても、永遠にこの雪に阻まれる」
それが、この村の『呪い』の正体だった。
