まとわりつくような湿気と、耳をつんざくような蝉時雨。
純太が高校1年生の夏、親の都合で東京からこの村へと越してきた日のことは、今でも脳裏にねっとりとこびりついている。
その日の夜、村の公民館では、純太を歓迎するための宴が開かれていた。
「よう来たな! 今日からお前もワシらの家族や!」
「ほれ、遠慮せんとぎょうさん食べや!」
顔を赤くした村人たちが、次々とご馳走を運んでくる。一見すると温かい田舎の歓迎風景だが、純太はその時すでに、彼らの顔に張り付いた笑顔と、異様に近い距離感に、得体の知れない息苦しさを感じていた。
「さあさあ純太君、ワシの酒も飲めるやろ! ええワインが入ったんや」
酒の回った村のおじさんが、なみなみと注がれた赤ワインのグラスを純太の口元へ強引に押し付けてきた。
「あっ、いえ……僕、まだ高校生なのでお酒は……っ」
「まあまあ、固いこと言わずに! 村のしきたりみたいなもんや!」
逃げ場もなく困惑していたその時、横からスッと手が伸びてきて、おじさんの腕をピシャリと叩いた。
「ちょっと、あんた! 純太君はまだ未成年やろがい! 無理させたらあかんわ」
助け舟を出してくれたのは、近所に住む人の良さそうなおばさんだった。彼女はニコニコと笑いながら、ワイングラスを取り上げ、代わりに氷の浮かんだグラスを純太の手に握らせた。
「純太君、こっちの赤紫蘇ジュースにしとき。おばちゃんのお手製やで」
「あ……ありがとうございます」
「夏バテにもよう効くし、体にええからね。……さあ、飲んで飲んで」
グラスの中の液体は、赤紫蘇特有の、まるで血のようにどす黒い赤色をしていた。
純太はお礼を言い、促されるままにグラスに口をつける。冷たくて甘酸っぱい味がしたが、喉の奥を通る瞬間、ふと、錆びた鉄のような風味が鼻に抜けた。
(……なんだ、この味……)
違和感を覚えた時には、もう遅かった。
ゴクリ、と喉を鳴らして飲み込んだ直後。急激に視界がぐにゃりと歪み始めたのだ。
周囲で笑い合う村人たちの声が、水の中にいるようにくぐもって遠ざかっていく。
「あれ……?」
グラスが手から滑り落ち、ガシャンと床で砕ける音がした。
だが、村人たちは誰一人として驚く様子もなく、ただピタリと宴会の動きを止め、無表情で、崩れ落ちる純太をじっと見下ろしていた。
『……これで、今年の冬も安心やねぇ』
誰かのそんな呟きを最後に、純太の意識は深い闇の中へと沈んでいった。
純太が高校1年生の夏、親の都合で東京からこの村へと越してきた日のことは、今でも脳裏にねっとりとこびりついている。
その日の夜、村の公民館では、純太を歓迎するための宴が開かれていた。
「よう来たな! 今日からお前もワシらの家族や!」
「ほれ、遠慮せんとぎょうさん食べや!」
顔を赤くした村人たちが、次々とご馳走を運んでくる。一見すると温かい田舎の歓迎風景だが、純太はその時すでに、彼らの顔に張り付いた笑顔と、異様に近い距離感に、得体の知れない息苦しさを感じていた。
「さあさあ純太君、ワシの酒も飲めるやろ! ええワインが入ったんや」
酒の回った村のおじさんが、なみなみと注がれた赤ワインのグラスを純太の口元へ強引に押し付けてきた。
「あっ、いえ……僕、まだ高校生なのでお酒は……っ」
「まあまあ、固いこと言わずに! 村のしきたりみたいなもんや!」
逃げ場もなく困惑していたその時、横からスッと手が伸びてきて、おじさんの腕をピシャリと叩いた。
「ちょっと、あんた! 純太君はまだ未成年やろがい! 無理させたらあかんわ」
助け舟を出してくれたのは、近所に住む人の良さそうなおばさんだった。彼女はニコニコと笑いながら、ワイングラスを取り上げ、代わりに氷の浮かんだグラスを純太の手に握らせた。
「純太君、こっちの赤紫蘇ジュースにしとき。おばちゃんのお手製やで」
「あ……ありがとうございます」
「夏バテにもよう効くし、体にええからね。……さあ、飲んで飲んで」
グラスの中の液体は、赤紫蘇特有の、まるで血のようにどす黒い赤色をしていた。
純太はお礼を言い、促されるままにグラスに口をつける。冷たくて甘酸っぱい味がしたが、喉の奥を通る瞬間、ふと、錆びた鉄のような風味が鼻に抜けた。
(……なんだ、この味……)
違和感を覚えた時には、もう遅かった。
ゴクリ、と喉を鳴らして飲み込んだ直後。急激に視界がぐにゃりと歪み始めたのだ。
周囲で笑い合う村人たちの声が、水の中にいるようにくぐもって遠ざかっていく。
「あれ……?」
グラスが手から滑り落ち、ガシャンと床で砕ける音がした。
だが、村人たちは誰一人として驚く様子もなく、ただピタリと宴会の動きを止め、無表情で、崩れ落ちる純太をじっと見下ろしていた。
『……これで、今年の冬も安心やねぇ』
誰かのそんな呟きを最後に、純太の意識は深い闇の中へと沈んでいった。
