憧れの教育実習生に、脈がない!?

カップラーメンですっかり体も温まり、純太はコウを家まで送り届けることにした。
外は相変わらず底冷えのする暗闇だったが、隣を歩くコウの足取りは、先ほどあばら家の前をふらついていた時よりもずっと軽かった。 暗い夜道を歩くこと十数分。見覚えのある古いブロック塀と立派な門構えが見えてきて、コウは少しだけバツが悪そうに頭を掻いた。
「……なんか、意外と近かったっすね」
「ええ。三時間も迷っていたと言うから、どれだけ遠いのかと思いましたが」
純太がふふっと笑うと、コウは「暗くて道が分かんなくなってただけだし」と照れ隠しのように唇を尖らせた。 先ほどまでの刺々しさは消え、年相応の素直な表情を見せる少年に、純太は安堵の息をつく。

門をくぐり、広い庭を抜けて玄関の引き戸を開けると、土間の奥から「コウかい?」としゃがれた声がした。 コウの祖母だった。
「どこほっつき歩いてたんだい。夕飯のレバニラが……」
小言を言いながら玄関の土間に降りてきた祖母は、コウの隣に立つ見慣れない青年――純太の姿を認めた瞬間、ピタリと動きを止めた。
「こんばんは。夜分遅くに申し訳ありません、コウ君が道に迷っていたので……」

純太が丁寧に頭を下げるが、祖母からの返事はない。

コウが不思議に思って隣を見ると、祖母は目を見開き、焦点の合わない瞳で純太を頭の先から足元まで、じっと舐め回すように見つめていた。
やがて、祖母の口がかすかに動き、ひゅー、ひゅーと喉の奥から奇妙な音が漏れ始めた。

「……繝サ縺ョ、・∝・…贄……縺・…縺溘、神、サマノ……・冗・血、繧ウ……」

「え……? ばあちゃん、何言って……」
コウが顔をしかめた。それは日本語のようでいて日本語ではない、人間の舌の動かし方を忘れた「何か」が、無理やり喉を震わせて吐き出しているような、おぞましい響きを持っていた。
純太もその異様な空気に戸惑い、一歩後ずさろうとした――その瞬間。

「……あらあら!」
パチリと瞬きをした祖母の顔に、突如として愛想の良い、人の良さそうな笑みが張り付いた。先ほどまでの異様な呟きは嘘のように消え去っている。
「教育実習の先生でしたか…、まぁまぁ、うちの孫がえらいご迷惑をおかけしてしもうて。」
「あ、いえ。僕もちょうど外に出ていたので……」
「コウ、 あんたは早う中入り。」
正気に戻った祖母はと、コウの腕をガシッと掴み、有無を言わさぬ力で玄関の中へ引っ張った。
「ちょ、ばあちゃん、痛いって! 先生、また――」
「先生、夜遅くにすんません。 気ぃつけてお帰り。」
ピシャリ。コウが純太に礼を言い終わる間もなく、祖母はコウの腕を引いたまま玄関の引き戸を閉めた。