放課後の理科準備室。純太が一人でビーカーの片付けをしていると、バンッ!と勢いよく扉が開いた。
「先生! お疲れ様です!」
そこに立っていたのはコウだった。その両腕には、薬局で買い占めてきたであろう「貼るカイロ」と「貼らないカイロ」の山が、限界まで抱えられている。コウは純太の机まで歩み寄ると、ドササッ!と大量のカイロを雪崩のように広げた。
「……コウ君。これは、一体何の嫌がらせですか?」
純太が怪訝な顔で後ずさるのも構わず、コウは得意げに胸を張った。
「昨日は俺、びっくりして固まっちゃいましたけど……色々考えて腑に落ちたんです。先生、『極度の冷え性』だったんですね!」
「……はい?」
「脈が弱くなるくらい体が冷え切ってるなんて、都会暮らしでよっぽど自律神経やられちゃったんじゃないですか? もー、心配かけないでくださいよ。ほら、背中と腰にこれ貼って!」
言うが早いか、コウは手早く「貼るカイロ」の台紙を剥がし、純太の背後へと回り込んだ。
「ちょ、コウ君!? 何を……っ」
「動かないでください。背中と腰回りを温めるのが一番効くんですから」
純太の微弱な抵抗などあっさりと無視し、コウはYシャツ越しの背中へ次々と熱々のカイロを貼り付けていく。その際、服越しに触れた純太の背中はやはり死人のように冷たかったが、コウは怯えるどころか全く気にする素振りを見せない。
むしろ、「こんなに冷えきって……可哀想に」と、愛おしむようにカイロの上から純太の背中をギュッとさすってきた。 呪いによって凍りついた純太の体に、カイロの熱など本来は意味をなさない。だが、コウの手のひらの感触だけは、冷え切った純太の芯をじんわりと溶かすように響いた。
純太はしばらく言葉を失っていたが、やがて呆れたように、小さく息を吐き出した。
「……コウ君は、本当に相変わらずですね」
「え?」
「僕の体がこんなにおかしくて……普通なら不気味がるはずなのに。でも、君はいつもこうだ。」
純太は静かに振り返ると、コウの頭を優しく撫でた。
その時、純太が浮かべたのは、赴任してきてから見せていた完璧な作り笑いではない。去年の冬、雪だるまを作りながら見せてくれたのと同じ、無防備で、どこか泣きそうなほど優しい笑みだった。
頭に触れる手の冷たさなど、もうどうでもよかった。
コウの心臓が、自分でも驚くほどドキン、と大きく跳ねる。
「先生、」
「ん?」
純太が不思議そうに小首を傾げる。コウは真っ直ぐに彼を見つめ返し、心の声をそのまま口に出してしまった。
「……可愛すぎます」
「……っ!」
不意打ちの直球ストレートに、純太の動きが一瞬ピタッと止まる。 彼の頬は白いままだ。だが、その分かりやすいほどの狼狽ぶりは、全身の挙動に顕著に表れていた。
「なっ……! き、君は先生に向かって何を言ってるんですか!」
バッ!と両手で顔の下半分を覆い隠し、純太はあからさまに視線を宙に彷徨わせて後ずさる。逃げるように背を向けようとしたが、生来の不器用さが災いし、背後の実験机にドンッと腰を強打した。
「痛っ……」
さらにその反動で机の上のビーカーがカチャカチャと鳴り、慌てて押さえようとした手が小テストの束に引っかかり、バサバサと床にぶちまけてしまう。
「あはは、先生、動揺しすぎですよ。手伝いますから」
「ち、違います! これは、あの……君がやたらと背中に変なものを貼るから、動きにくくてバランスが崩れただけで……っ!」
しどろもどろに言い訳をしながら、純太は必死でプリントを拾い集めようとしゃがみ込むが、背中のカイロを気にして変な姿勢になり、ジタバタと無様にもがいている。
コウはただ、純太の慌てふためく姿を、ただニヤニヤと見つめていた。
「先生! お疲れ様です!」
そこに立っていたのはコウだった。その両腕には、薬局で買い占めてきたであろう「貼るカイロ」と「貼らないカイロ」の山が、限界まで抱えられている。コウは純太の机まで歩み寄ると、ドササッ!と大量のカイロを雪崩のように広げた。
「……コウ君。これは、一体何の嫌がらせですか?」
純太が怪訝な顔で後ずさるのも構わず、コウは得意げに胸を張った。
「昨日は俺、びっくりして固まっちゃいましたけど……色々考えて腑に落ちたんです。先生、『極度の冷え性』だったんですね!」
「……はい?」
「脈が弱くなるくらい体が冷え切ってるなんて、都会暮らしでよっぽど自律神経やられちゃったんじゃないですか? もー、心配かけないでくださいよ。ほら、背中と腰にこれ貼って!」
言うが早いか、コウは手早く「貼るカイロ」の台紙を剥がし、純太の背後へと回り込んだ。
「ちょ、コウ君!? 何を……っ」
「動かないでください。背中と腰回りを温めるのが一番効くんですから」
純太の微弱な抵抗などあっさりと無視し、コウはYシャツ越しの背中へ次々と熱々のカイロを貼り付けていく。その際、服越しに触れた純太の背中はやはり死人のように冷たかったが、コウは怯えるどころか全く気にする素振りを見せない。
むしろ、「こんなに冷えきって……可哀想に」と、愛おしむようにカイロの上から純太の背中をギュッとさすってきた。 呪いによって凍りついた純太の体に、カイロの熱など本来は意味をなさない。だが、コウの手のひらの感触だけは、冷え切った純太の芯をじんわりと溶かすように響いた。
純太はしばらく言葉を失っていたが、やがて呆れたように、小さく息を吐き出した。
「……コウ君は、本当に相変わらずですね」
「え?」
「僕の体がこんなにおかしくて……普通なら不気味がるはずなのに。でも、君はいつもこうだ。」
純太は静かに振り返ると、コウの頭を優しく撫でた。
その時、純太が浮かべたのは、赴任してきてから見せていた完璧な作り笑いではない。去年の冬、雪だるまを作りながら見せてくれたのと同じ、無防備で、どこか泣きそうなほど優しい笑みだった。
頭に触れる手の冷たさなど、もうどうでもよかった。
コウの心臓が、自分でも驚くほどドキン、と大きく跳ねる。
「先生、」
「ん?」
純太が不思議そうに小首を傾げる。コウは真っ直ぐに彼を見つめ返し、心の声をそのまま口に出してしまった。
「……可愛すぎます」
「……っ!」
不意打ちの直球ストレートに、純太の動きが一瞬ピタッと止まる。 彼の頬は白いままだ。だが、その分かりやすいほどの狼狽ぶりは、全身の挙動に顕著に表れていた。
「なっ……! き、君は先生に向かって何を言ってるんですか!」
バッ!と両手で顔の下半分を覆い隠し、純太はあからさまに視線を宙に彷徨わせて後ずさる。逃げるように背を向けようとしたが、生来の不器用さが災いし、背後の実験机にドンッと腰を強打した。
「痛っ……」
さらにその反動で机の上のビーカーがカチャカチャと鳴り、慌てて押さえようとした手が小テストの束に引っかかり、バサバサと床にぶちまけてしまう。
「あはは、先生、動揺しすぎですよ。手伝いますから」
「ち、違います! これは、あの……君がやたらと背中に変なものを貼るから、動きにくくてバランスが崩れただけで……っ!」
しどろもどろに言い訳をしながら、純太は必死でプリントを拾い集めようとしゃがみ込むが、背中のカイロを気にして変な姿勢になり、ジタバタと無様にもがいている。
コウはただ、純太の慌てふためく姿を、ただニヤニヤと見つめていた。
