おれは口座に振り込まれた金を基にアパートを契約し、母を迎えに行った。6年前に失踪したきり連絡さえしていなかった息子と再会したときの母の喜びようといったらなかった。おれの顔を見るなり号泣し、おれの手を握って過去の過ちを懺悔した。子どものおれを殴り、酒に溺れていた母の姿はどこにもなく、完全に依存症を克服して顔色もよく健康そのものといった母の姿にすくなからず驚かされた。
暖はたまに母の様子を見ているだけだといっていたが、実際には足繁く通っていたようで、アルコールに依存していた母にとっては心のよすがとなっていたようだ。施設のスタッフによると、失踪した息子の代わりを務めるかのように献身的に支えていたらしい。だからといって犯した罪が帳消しになるわけでもないし、ある意味ではむしろより罪深い行為だった。息子を拉致しておいて、その代理のような振る舞いをするなど、残酷としか形容できない。
しかし、実際に母は健康で、アルコールとは無縁の生活を送っていた。おれが予定どおり大学に進学して就職していたとしても、おなじような結果だったとは限らない。もちろん、実の親子が一緒に過ごすことこそ幸福だと一般的にはいわれるだろうが、現実がそのとおりだとは限らないのだ。
おれは母とともに小さなアパートに新たな拠点を構えた。地元で塗工や内装を手掛ける会社に就職し、薄給ながらもどうにか生活を整えられるようになった。
暖が用意したであろう金に手をつけるかどうか迷ったが、そのくらいはもらっても構わないと納得することにした。とはいえ、暖が犯した罪をゆるしたわけではない。
暖は車の事故でひとを殺したわけではなかった。つまりおれも犯罪に荷担したことにはならないわけで、そのことについては安堵していた。心のどこかに殺人を犯した後ろめたさが残っていたからだ。
暖は一生おれを外に出さないと宣言していたが、監禁の直後から金を振り込み、税金を支払っていた。
それでも、暖をゆるすことはできない。人生のもっとも美しい時期、18歳から24歳までの6年間を奪われた現実は変わることはない。
仕事が休みの休日、おれはあの家にきていた。脱出したときにはとにかくその場を離れることしか頭になく、どこをどう走ったかまったくおぼえていなかったが、暖の父や祖父が少女を監禁、陵辱していた現場はテレビや新聞でも取りあげられ、場所を特定するのは難しくなかった。
鬱蒼と茂る木々のなかに佇む一軒家。外壁を取り囲むようにテープが張り巡らされ、外部からの侵入を制限している。テープの外側に立ち、おれは建物をしげしげと眺めた。ここに閉じ込められていたのだ。6年間も。6年の間、一歩も外に出られず、だれとも会わず、話もせず、ただ暖と爛れた行為に明け暮れて、暖の欲望を受け止めるだけの6年間だった。
一歩、足を踏み出すと、草を踏むかすかな音がする。あれから半年近くたったというのに、あの鎖の音が頭を離れない。
あの6年間のことは忘れて新しい人生を生きようとしているのに、あの部屋の匂いや天井の白、動くたびに響く鎖の音がまだ離れてくれない。
けっきょく、暖がなにを考えていたのか、最後までわからなかった。ただひとつ、わかっているのは、暖がおれなしで生きていられる時間は6年どころか数カ月もないということだった。
なあ、そうだろう?
草を踏む音。背後のその小さな音が、おれの耳にはあの地下室の重いドアが開く音に聞こえた。
おれは振り返った。
おわり。
暖はたまに母の様子を見ているだけだといっていたが、実際には足繁く通っていたようで、アルコールに依存していた母にとっては心のよすがとなっていたようだ。施設のスタッフによると、失踪した息子の代わりを務めるかのように献身的に支えていたらしい。だからといって犯した罪が帳消しになるわけでもないし、ある意味ではむしろより罪深い行為だった。息子を拉致しておいて、その代理のような振る舞いをするなど、残酷としか形容できない。
しかし、実際に母は健康で、アルコールとは無縁の生活を送っていた。おれが予定どおり大学に進学して就職していたとしても、おなじような結果だったとは限らない。もちろん、実の親子が一緒に過ごすことこそ幸福だと一般的にはいわれるだろうが、現実がそのとおりだとは限らないのだ。
おれは母とともに小さなアパートに新たな拠点を構えた。地元で塗工や内装を手掛ける会社に就職し、薄給ながらもどうにか生活を整えられるようになった。
暖が用意したであろう金に手をつけるかどうか迷ったが、そのくらいはもらっても構わないと納得することにした。とはいえ、暖が犯した罪をゆるしたわけではない。
暖は車の事故でひとを殺したわけではなかった。つまりおれも犯罪に荷担したことにはならないわけで、そのことについては安堵していた。心のどこかに殺人を犯した後ろめたさが残っていたからだ。
暖は一生おれを外に出さないと宣言していたが、監禁の直後から金を振り込み、税金を支払っていた。
それでも、暖をゆるすことはできない。人生のもっとも美しい時期、18歳から24歳までの6年間を奪われた現実は変わることはない。
仕事が休みの休日、おれはあの家にきていた。脱出したときにはとにかくその場を離れることしか頭になく、どこをどう走ったかまったくおぼえていなかったが、暖の父や祖父が少女を監禁、陵辱していた現場はテレビや新聞でも取りあげられ、場所を特定するのは難しくなかった。
鬱蒼と茂る木々のなかに佇む一軒家。外壁を取り囲むようにテープが張り巡らされ、外部からの侵入を制限している。テープの外側に立ち、おれは建物をしげしげと眺めた。ここに閉じ込められていたのだ。6年間も。6年の間、一歩も外に出られず、だれとも会わず、話もせず、ただ暖と爛れた行為に明け暮れて、暖の欲望を受け止めるだけの6年間だった。
一歩、足を踏み出すと、草を踏むかすかな音がする。あれから半年近くたったというのに、あの鎖の音が頭を離れない。
あの6年間のことは忘れて新しい人生を生きようとしているのに、あの部屋の匂いや天井の白、動くたびに響く鎖の音がまだ離れてくれない。
けっきょく、暖がなにを考えていたのか、最後までわからなかった。ただひとつ、わかっているのは、暖がおれなしで生きていられる時間は6年どころか数カ月もないということだった。
なあ、そうだろう?
草を踏む音。背後のその小さな音が、おれの耳にはあの地下室の重いドアが開く音に聞こえた。
おれは振り返った。
おわり。



