交番は無人だった。警察署の職員は裸足のおれを見てただごとではないと察したようですぐに保護してくれた。しかし、おれの話を聞くと態度を変えた。
6年前の事故の記録はどこにもなかった。おれの失踪届も出されていなかった。社会的には、おれは今もふつうに生活していることになっていた。県民税も市民税も支払われており、現住所は見たこともない場所で登録されていた。
担当した警察署員はさらになにか聞きたがっていたようだったが、おれは拒否して署を去った。監禁の被害を訴えたところで、根本の轢き逃げそのものがなかったことにされているのでは、証言の信憑性を疑われるだけだろう。
暖に見せられたパンフレットを頼りに、母が生活する医療施設を探し当てた。そこでもやはり怪訝な顔をされたが、母がいることだけは教えてもらうことができた。高級な施設だけあってセキュリティが万全で、中に入ることはできなかった。それでも、母が無事でいることは確認できた。
おれは一文なしで、スマホもクレジットカードも持っていなかった。だめでもともとのつもりで役所に足を運び、住民票を発行して銀行に足を運んだ。銀行口座はそのままになっていた。それどころか、監禁された日から毎月40万の金が振り込まれていた。名目は「給与」で、振込元は聞いたことのない会社名になっていた。
現金を引き出し、ネットカフェに入った。おれの名前で検索してもなにも出てこなかった。しかし、暖の名となると話はべつだった。
暖は大学を卒業して広告代理店に就職し、その後市議選に出馬、二十代の若さで新人ながらトップ当選を果たしていた。しかし、ネットニュースによると、直後に父親の脱税、収賄などの背任行為を告発している。祖父から父の代にと受け継がれた悪行は枚挙にいとまがなく、なかでももっとも重罪とされたのが未成年略取、人身売買、小児性愛だった。祖父と父は複数ある所有物件のうちのひとつに未成年の少女を監禁し、自身の欲望を満たすばかりでなく、政治家や実業家などの実力者に彼女らをあてがうことで弱みを握り、莫大な資金を手に入れていた。
祖父はすでに逝去していたが、父親は罪に問われ、即座に身柄を拘束されていた。父親がおれを見つけた日とおなじだった。容疑については黙秘が続いていたが、告発者が身内なだけに、重要な証拠が複数揃っており、有罪はほぼ確実とされていた。投獄されて数週間後には犯罪現場となった地下室の場所が警察の捜査によって判明し、家宅捜索を受けていた。おれが逃亡してから2日後のことだった。
被害に遭った少女たちの人数は正確にはわかっていないが、数十人にのぼるだろうとのことだった。覚醒剤常習者や娼婦もいたが、誘拐もあったようだ。家出人として処理されたまま行方不明となっている少女もおり、未成年者略取、殺人未遂、殺人教唆などの罪も加わり、その悪質さから、重罪は避けられないだろうとされていた。
容疑者の息子であり、共犯者でもある暖は、父親の逮捕と同時に姿を晦ましており、行方は杳として知れなかった。市議会は欠席が続いており、このままの状況が続けば除名が濃厚とされていた。暖が告発に踏み切らなければ、罪が表に出ることのないままさらなる被害者が生まれていた可能性が高く、情状酌量の余地はあったが、横領した金の一部は暖の懐に入っていたという疑いもあり、無傷では済まされない。
金の流れについても捜査されていたが、使途不明金が多く、すべてを明らかにするのは不可能だろうとあった。おそらく、その金の一部がおれの口座や母の治療費に回されていたのだろう。
轢き逃げに関するニュースはやはりどこにも出ていなかった。唯一、週刊誌に掲載されていたのが、容疑者の息子である暖が高校時代に交通事故を起こした可能性があるというものだったが、証拠がなく、疑惑の段階で続報は存在しなかった。
記事によると、ホームレスの男性が車と接触して重傷を負い、警察に届け出たものの、その後被害届を取り下げたとある。運転していたのが議員の息子で、不正な金によって事件そのものが揉み消された可能性が疑われたが、証拠はなく、被害者も口を閉ざしたままだった。被害者は数年もの間、医療保険を滞納していたが、手術費と入院費を現金で支払っていた。費用の出所については明らかになっていなかった。退院後の行方もわかっていない。
あの男は生きていた。死んだものと思いこんでいたが、実際に脈を確かめたわけではない。暖は嘘をついていなかったのだ。あの部屋にいる間、暖がおれに嘘をついたことは一度もなかった。ネットカフェの暗い個室のなかで、おれは叫び出しそうになるのを必死で耐えていた。
当時高校生の暖に事件を揉み消せるほどの力があるとは考えにくい。おそらくは父親に泣きついたのだろう。しかし、それならなぜおれを監禁する必要があったのか。被害者を埋めた後で生きていることを知り、後に引けなくなったのか、それとも……
画面のなかの暖。政治家の家に生まれ、地元の進学校を卒業し、東京の名門大学へ。大学も優秀な成績で卒業し、地元の広告代理店へ。その後、政治の道へ進む。23歳で結婚。翌年、離婚。元妻の父親は地元で大手製鉄会社を経営する有力者で、離婚の際にはおおいに揉めたようだ。
知っているはずなのに、まるで他人のようだった。ニュース記事に掲載された顔写真は、あの監禁部屋でおれといた男とは別人のようだった。
パソコンの電源を落とすと、真っ黒になったディスプレイに自分の顔が映った。おれの顔も、18歳の頃とはずいぶん変わってしまった。
あの小さな部屋に幽閉されて過ぎていったおれの6年間はいったいなんだったのか。ネットカフェの暗がりのなかで、おれは膝を抱えて震えていた。
6年前の事故の記録はどこにもなかった。おれの失踪届も出されていなかった。社会的には、おれは今もふつうに生活していることになっていた。県民税も市民税も支払われており、現住所は見たこともない場所で登録されていた。
担当した警察署員はさらになにか聞きたがっていたようだったが、おれは拒否して署を去った。監禁の被害を訴えたところで、根本の轢き逃げそのものがなかったことにされているのでは、証言の信憑性を疑われるだけだろう。
暖に見せられたパンフレットを頼りに、母が生活する医療施設を探し当てた。そこでもやはり怪訝な顔をされたが、母がいることだけは教えてもらうことができた。高級な施設だけあってセキュリティが万全で、中に入ることはできなかった。それでも、母が無事でいることは確認できた。
おれは一文なしで、スマホもクレジットカードも持っていなかった。だめでもともとのつもりで役所に足を運び、住民票を発行して銀行に足を運んだ。銀行口座はそのままになっていた。それどころか、監禁された日から毎月40万の金が振り込まれていた。名目は「給与」で、振込元は聞いたことのない会社名になっていた。
現金を引き出し、ネットカフェに入った。おれの名前で検索してもなにも出てこなかった。しかし、暖の名となると話はべつだった。
暖は大学を卒業して広告代理店に就職し、その後市議選に出馬、二十代の若さで新人ながらトップ当選を果たしていた。しかし、ネットニュースによると、直後に父親の脱税、収賄などの背任行為を告発している。祖父から父の代にと受け継がれた悪行は枚挙にいとまがなく、なかでももっとも重罪とされたのが未成年略取、人身売買、小児性愛だった。祖父と父は複数ある所有物件のうちのひとつに未成年の少女を監禁し、自身の欲望を満たすばかりでなく、政治家や実業家などの実力者に彼女らをあてがうことで弱みを握り、莫大な資金を手に入れていた。
祖父はすでに逝去していたが、父親は罪に問われ、即座に身柄を拘束されていた。父親がおれを見つけた日とおなじだった。容疑については黙秘が続いていたが、告発者が身内なだけに、重要な証拠が複数揃っており、有罪はほぼ確実とされていた。投獄されて数週間後には犯罪現場となった地下室の場所が警察の捜査によって判明し、家宅捜索を受けていた。おれが逃亡してから2日後のことだった。
被害に遭った少女たちの人数は正確にはわかっていないが、数十人にのぼるだろうとのことだった。覚醒剤常習者や娼婦もいたが、誘拐もあったようだ。家出人として処理されたまま行方不明となっている少女もおり、未成年者略取、殺人未遂、殺人教唆などの罪も加わり、その悪質さから、重罪は避けられないだろうとされていた。
容疑者の息子であり、共犯者でもある暖は、父親の逮捕と同時に姿を晦ましており、行方は杳として知れなかった。市議会は欠席が続いており、このままの状況が続けば除名が濃厚とされていた。暖が告発に踏み切らなければ、罪が表に出ることのないままさらなる被害者が生まれていた可能性が高く、情状酌量の余地はあったが、横領した金の一部は暖の懐に入っていたという疑いもあり、無傷では済まされない。
金の流れについても捜査されていたが、使途不明金が多く、すべてを明らかにするのは不可能だろうとあった。おそらく、その金の一部がおれの口座や母の治療費に回されていたのだろう。
轢き逃げに関するニュースはやはりどこにも出ていなかった。唯一、週刊誌に掲載されていたのが、容疑者の息子である暖が高校時代に交通事故を起こした可能性があるというものだったが、証拠がなく、疑惑の段階で続報は存在しなかった。
記事によると、ホームレスの男性が車と接触して重傷を負い、警察に届け出たものの、その後被害届を取り下げたとある。運転していたのが議員の息子で、不正な金によって事件そのものが揉み消された可能性が疑われたが、証拠はなく、被害者も口を閉ざしたままだった。被害者は数年もの間、医療保険を滞納していたが、手術費と入院費を現金で支払っていた。費用の出所については明らかになっていなかった。退院後の行方もわかっていない。
あの男は生きていた。死んだものと思いこんでいたが、実際に脈を確かめたわけではない。暖は嘘をついていなかったのだ。あの部屋にいる間、暖がおれに嘘をついたことは一度もなかった。ネットカフェの暗い個室のなかで、おれは叫び出しそうになるのを必死で耐えていた。
当時高校生の暖に事件を揉み消せるほどの力があるとは考えにくい。おそらくは父親に泣きついたのだろう。しかし、それならなぜおれを監禁する必要があったのか。被害者を埋めた後で生きていることを知り、後に引けなくなったのか、それとも……
画面のなかの暖。政治家の家に生まれ、地元の進学校を卒業し、東京の名門大学へ。大学も優秀な成績で卒業し、地元の広告代理店へ。その後、政治の道へ進む。23歳で結婚。翌年、離婚。元妻の父親は地元で大手製鉄会社を経営する有力者で、離婚の際にはおおいに揉めたようだ。
知っているはずなのに、まるで他人のようだった。ニュース記事に掲載された顔写真は、あの監禁部屋でおれといた男とは別人のようだった。
パソコンの電源を落とすと、真っ黒になったディスプレイに自分の顔が映った。おれの顔も、18歳の頃とはずいぶん変わってしまった。
あの小さな部屋に幽閉されて過ぎていったおれの6年間はいったいなんだったのか。ネットカフェの暗がりのなかで、おれは膝を抱えて震えていた。



