夢を見た。おれはクラブのフロントで年齢を理由に入店を断られ、不貞腐れていた。おぼえたての煙草を咥え、店の前にしゃがみこんで、着飾った女たちやいかにも金持ちそうな年上の男たちがきらびやかな店内に入っていくのを恨みがましく眺めていた。
あきらめて帰ろうかと腰を上げたとき、だれかに話しかけられた。
「入りたいの?」
振り返ると、おなじくらいの年代の男が立っていた。
「おれといっしょだったら入れると思うけど」
シンプルだがおれのものとはあきらかにレベルがちがう高価そうな服を着た男は、人なつっこい笑顔を向けてきた。
「どうする?」
目を開けた。いつもの天井の白。いつものマットレスの匂い。隣に目を向けたが、暖はいなかった。目を擦りながら寝返りを打った。まだ眠い。もうすこし寝ていたかった。いつもの景色。小型の冷蔵庫、テーブルと椅子。散乱した衣服。暖はいない。どこに行ったのか。
体を動かすのが億劫で、目線だけを巡らせた。やはり暖の姿はない。買い物にでも出掛けたのだろうか。
喉が渇いた。水を取ろうと冷蔵庫に手を伸ばす。体の重心がずれ、脚が縺れた。
不自然な体勢のまま、おれは硬直した。
いつもの風景、いつもの匂い。ただ、音だけがしない。いつものあの音。体を動かすたびに耳に障ったあの音。
ゆっくりと首を捻った。足下に目を向けた。足首に嵌まっていた拘束具が消えていた。
おれの足を噛み、なにをしても離そうとしなかった拘束具は、その口をひらいて、マットレスの脇に転がっていた。伸びた鎖はだらしなく床の上に伸びている。
足首に手を這わせる。長い間拘束されていた皮膚は擦れて赤みがかかっていた。しかし、なににも縛られていなかった。完全に自由になっていた。
おそるおそる身を起こし、立ち上がった。周囲を見渡したが、ほかになにも変わっていることはなかった。
一歩、足を踏み出した。あの不快な金属音は聞こえなかった。二歩、三歩とさらに足をすすめても、なにも起きなかった。
脱ぎ捨てられていた服を着て、ドアのほうに進む。心臓が跳ね、足ががくがく震えた。
ドアノブをつかみ、捻る。鍵はかかっていなかった。両手でドアを引くと、外の空気が流れこんできた。
ドアの向こうの景色を見たのははじめてだった。鈍色の壁。狭い廊下。奥に階段が見えた。
おれは足を引きずりながらはしった。ほんの数メートルだが、そんなに長い距離をはしったのは数年ぶりだった。息を切らしながら階段に辿りつき、足を縺れさせながら這うようにして階段を上がった。地下室の出入口は圧して開くタイプのドアになっていた。全身の力をこめて圧しあげた。
避難用シェルターを模して設計されたらしい地下室を出ると、民家の1階になっていた。ただし家具はまったくなく、空き家の状態だった。
部屋はそれほど広くなかった。ドアはすぐに見つかった。やはり鍵はかかっていなかった。
ドアを開けたとたん、太陽の光が差し込んできた。あまりのまぶしさに、思わず両腕で顔を覆った。数年ぶりの光だった。おれは呻いた。まぶしさのせいか、べつの感情なのかはわからない。自然と涙が溢れてきた。
完全にドアをひらくと、おれは裸足のままで駆け出した。どこへ向かっているのかは問題ではなかった。逃げる。それしか頭になかった。逃げなくては。ここを離れて、二度ともどらないように、走るしかなかった。
辺りは森だった。鬱蒼と茂る木々の隙間を縫うようにおれは疾走した。だれも追いかけてこなかった。なにも考える余裕はなかった。ただ走りつづけた。
あきらめて帰ろうかと腰を上げたとき、だれかに話しかけられた。
「入りたいの?」
振り返ると、おなじくらいの年代の男が立っていた。
「おれといっしょだったら入れると思うけど」
シンプルだがおれのものとはあきらかにレベルがちがう高価そうな服を着た男は、人なつっこい笑顔を向けてきた。
「どうする?」
目を開けた。いつもの天井の白。いつものマットレスの匂い。隣に目を向けたが、暖はいなかった。目を擦りながら寝返りを打った。まだ眠い。もうすこし寝ていたかった。いつもの景色。小型の冷蔵庫、テーブルと椅子。散乱した衣服。暖はいない。どこに行ったのか。
体を動かすのが億劫で、目線だけを巡らせた。やはり暖の姿はない。買い物にでも出掛けたのだろうか。
喉が渇いた。水を取ろうと冷蔵庫に手を伸ばす。体の重心がずれ、脚が縺れた。
不自然な体勢のまま、おれは硬直した。
いつもの風景、いつもの匂い。ただ、音だけがしない。いつものあの音。体を動かすたびに耳に障ったあの音。
ゆっくりと首を捻った。足下に目を向けた。足首に嵌まっていた拘束具が消えていた。
おれの足を噛み、なにをしても離そうとしなかった拘束具は、その口をひらいて、マットレスの脇に転がっていた。伸びた鎖はだらしなく床の上に伸びている。
足首に手を這わせる。長い間拘束されていた皮膚は擦れて赤みがかかっていた。しかし、なににも縛られていなかった。完全に自由になっていた。
おそるおそる身を起こし、立ち上がった。周囲を見渡したが、ほかになにも変わっていることはなかった。
一歩、足を踏み出した。あの不快な金属音は聞こえなかった。二歩、三歩とさらに足をすすめても、なにも起きなかった。
脱ぎ捨てられていた服を着て、ドアのほうに進む。心臓が跳ね、足ががくがく震えた。
ドアノブをつかみ、捻る。鍵はかかっていなかった。両手でドアを引くと、外の空気が流れこんできた。
ドアの向こうの景色を見たのははじめてだった。鈍色の壁。狭い廊下。奥に階段が見えた。
おれは足を引きずりながらはしった。ほんの数メートルだが、そんなに長い距離をはしったのは数年ぶりだった。息を切らしながら階段に辿りつき、足を縺れさせながら這うようにして階段を上がった。地下室の出入口は圧して開くタイプのドアになっていた。全身の力をこめて圧しあげた。
避難用シェルターを模して設計されたらしい地下室を出ると、民家の1階になっていた。ただし家具はまったくなく、空き家の状態だった。
部屋はそれほど広くなかった。ドアはすぐに見つかった。やはり鍵はかかっていなかった。
ドアを開けたとたん、太陽の光が差し込んできた。あまりのまぶしさに、思わず両腕で顔を覆った。数年ぶりの光だった。おれは呻いた。まぶしさのせいか、べつの感情なのかはわからない。自然と涙が溢れてきた。
完全にドアをひらくと、おれは裸足のままで駆け出した。どこへ向かっているのかは問題ではなかった。逃げる。それしか頭になかった。逃げなくては。ここを離れて、二度ともどらないように、走るしかなかった。
辺りは森だった。鬱蒼と茂る木々の隙間を縫うようにおれは疾走した。だれも追いかけてこなかった。なにも考える余裕はなかった。ただ走りつづけた。



