「待って待ってちょっと待って」
「なんだよ、今いいとこなのに」
「だって待って待ってマジですごい待ってなにそれ酷くない!?」
「はいはいわかった、待つからぐいぐいくるな」
詰め寄る僕を抑えながら、れいちゃんは動画を一時停止する。
「ずるい! マジでずるい! 僕は牛乳飲めなくて居残りさせられて好きな子の名前まで言わされたのに!」
「好きな子の……ああ、そんなことあったな」
れいちゃんは何もかも洗い流すように「ははは」と爽やかに笑ったが僕は誤魔化されない。れいちゃんがそんな裏技を使っていたなんて全然気づかなかった。だったら僕の分も何とかしてくれたらよかったのに、という考えを先読みしたかのようにれいちゃんが口を開く。
「ノアが馬鹿正直に『先生、ぼく牛乳飲めましぇん』なんていらねー申告するから誰もかばってやれなかったんだよ」
「んなぁ~」
正直者は馬鹿を見るってこのことか。そんなのってない。ショックを受けた僕は倒れこむようにしてクッションに顔をうずめた。れいちゃんは「よしよし」と言いながら頭を撫でてくれるけどそんなんじゃ全然癒されない。
てゆうかれいちゃん、ずるい。卑怯だ。僕は健ちゃんに飲んでもらえたのは最初だけで、その後は先生の監視下で毎回無理やり飲まされてたのに。
その上れいちゃんに恋心を抱いていると勘違いされて大変な目にあった。主にれいちゃんのことを好きな女の子たちに「鈴木くんはライバルだから」と冷たくされるなどした。
僕が辛い思いをしている間、れいちゃんは要領良く難を逃れていたなんて――そう思うと今更だけど腹が立ってきた。
「納得いかない……」
「ごめんごめん。っていうか給食を完食させるとか時代錯誤だよな。今思うとあの先生ないわ」
それはそう。そうだけど。そうだけどもれいちゃんが憎い。だって健ちゃんに耳打ちして、僕に好きな子の名前を言わせたのはれいちゃんじゃん。
くやしい。くやしい。かくなる上は。
「――れいちゃんも好きな子の名前言って」
「おん?」
「牛乳を飲めない人は好きな子の名前を言ってください」
「えー? そう来る?」
「そう! 僕だって恥ずかしい思いをしたんだかられいちゃんだって同じ目に遭うがいい!」
もう小学生の時とは違うし、聞いてるのも僕だけなんだけれども。
れいちゃんはしばらく悩んでから、不意に真顔になって僕に向き直った。
「本気で言っていい?」
「え……うん……」
迫力に押されてうなずいてから、ふと思う。よく考えたら本気で言われてもわからない可能性もある。だって交友関係が被っていたのは小学生まで。進路が分かれてからは、僕には僕の、れいちゃんにはれいちゃんの友達ができて。れいちゃんはモテるから女の子の知り合いもたくさんいて。
――僕が今まで知らなかっただけで、実はもう彼女がいる、とか。全然ありえる。
えっ、どうしよう、もしそうなら心の準備ができてない。いや心の準備って何? 別にれいちゃんに彼女がいたとして僕には関係のないことだし今まで彼女がいなかったのがおかしいって話であって! でも! 待って!?
「やっぱり聞きたくない!」と僕が言う前に、れいちゃんが口を開いた。
「鈴木乃碧」
「はい」
フルネームを呼ばれて、半ばパニックになっていた僕は咄嗟に返事をした。
なんで急に名前を呼ばれるのかわからなくてぽかんとしてしまう。多分すごい間抜けな顔をしているであろう僕に、れいちゃんはにっこりと微笑んだ。
「この世で一番好きな子の名前。俺もノアが好き」
「すっっっ」
――すき。好き。れいちゃんも僕のことが好きってことは、つまり。
「あっ、あー! 友達としてってことね! 僕もそう! あの時、僕もれいちゃんのこと友達として一番大好きって意味で言ったのにみんな信じてくれなくて特に女の子が『鈴木くんはライバルだから口聞かない』とか意地悪言うし! 逆に恋バナしようって言われても超困るし! 大変だったんだよ!」
「そっか」
「そうだよ!」
恥ずかしかったし大変だった記憶が蘇って僕に襲いかかる。頭に血が上って顔が熱い。
――おかしい。れいちゃんを恥ずかしがらせるはずが、なんで僕の方が盛大に恥ずかしい気持ちになっているのか。
恥ずかしすぎて死にそうになった僕は力ずくで話題を変えた。
「コンビニ行ってくるけど何がいい!?」
「コーラ」
「あとは?」
「ファミチキ」
「りょーかい!」
僕は部屋着の上にパーカーを羽織って、スマホと買い物袋を持って家を飛び出した。
昼過ぎから映画を観始めて、もう夕方近く。春先の風はまだ冷たくて、ほてった頬に心地いい。
コンビニまでの道をたどりながら、ついさっきまでの会話を思い出す。
僕なんか、すごい平凡で。得意なことよりも苦手なことの方がずっと多い。れいちゃんはそんな僕とは真逆で、なんでも器用にこなす。頭だってよくて、県内で一番偏差値の高い私立に通っている。
――そんなれいちゃんの好きな子。僕なんだ。僕のことを、一番の友達って思ってくれている。
「んふ……」
こそばゆいような、照れくさいような。それでいて、すごく、すごく、嬉しい気持ちが込み上げて。気持ちに押されて小走りになって、気がつけば走り出していた。
満開の桜並木の下。青い空に、弾む呼吸がとけていく。
いや、いくらなんでも浮かれすぎでしょ。そう思うのに足が止まらない。風に踊る花びらを足がかりに、そのまま空まで駆け上がって行けそうな気がした。
