放課後の練習を終えたら、今度は健ちゃんに紹介してもらった先生からレッスンを受ける。「文化祭までにソジュンを超えたい」という俺の無茶な要求に、「青春しとるね~! いいよ、がんばろ! ただしプロを超えようっていうなら血反吐を吐いてもらう」と応えてくれたアツい先生だ。
見てもらえるのは週1回か2回、先生の空き時間に合わせる。最初のレッスンは基礎練習を1時間ぶっ続けでやった。アイソレーションにステップの基礎、リズム取り、姿勢の矯正、動きを滑らかにするためのストレッチ。
教えてもらった内容をしっかり覚えて、毎日自主練習する。あとは持久力も必要なので走り込む。
振り付けを教えてもらえるようになったのは3回目のレッスンから。各パートを細かく分解して、ひとつひとつ学んでいく。最初はスローテンポで、 8カウントずつ区切って練習する。完成度の高い8カウントを増やし、徐々にテンポを上げていくことで全体の質を高める、というやり方だ。
レッスンのない日はひたすら自主練。もちろん勉強にも手を抜かない。血反吐はまだ吐いていないが、いつ吐いてもおかしくない。
公民館の外庭で練習していると、たまに健ちゃんが顔を出す。
「おす。お疲れ」
「…………ぉぅ」
練習しすぎて弱々しい声しか出ない俺を笑いながら、健ちゃんがプロテイン飲料を差し出す。冷えた紙パックをありがたく受け取った。
もうすぐ午後9時。公民館はとっくに閉まっている。ガラス張りの外壁が鏡代わりになるので、夜間はダンスの自主練に使えるのだと健ちゃんに教えてもらった。近隣住民の迷惑にならないよう静かに、巡回の警官が来る前に撤収するのが鉄則だ。
健ちゃんも来たし、一時休憩。植え込みの脇に腰をおろして、撮影しておいた自分の踊りを再生する。横から俺のタブレットをのぞき込んだ健ちゃんが口笛を吹く。
「いいじゃん、すげえ上達したな」
「ん……でも、まだ振り付けをなぞってるだけで、ちゃんと踊れてる実感がない」
「ワハハ、ガチだ。文化祭でそこまでやるか~?」
やる。どこまでもやる。ノアに「一番好き」と思ってもらえるためならなんだってする。
その決意に変わりはないのだけれど。
最近、練習に打ち込みすぎてノアに会えてない。今頃ノアはバイトをしているはずだ。いつもだったらバイト先に顔を出して、一緒に帰るのに。練習終わりに迎えにいけば会えるけれど、必死こいて汗だくになったみっともない姿をノアに見られたくない。
ノアとはちょいちょいLINEでやりとりしているし、暇を見つけてビデオ通話もしている。それでも会いたい。手の届く距離で。ふにゃりと笑うノアが放つ、やわらかい空気に触れたい。
クソデカため息を漏らしていたら、健ちゃんが俺の背中を叩いた。
「大丈夫だって。俺の目から見てもかなり仕上がってるし。先生も上達が早いってすげー褒めてたよ」
落ち込んでいる原因はそこじゃないけれど、温かい励ましが率直にありがたい。
「あと俺からアドバイスできるとしたらあれだな、曲に感情移入すると上手い具合に踊れるっていう」
「でもこの曲、別れの歌じゃん」
健ちゃんがくれたプロテインの紙パックにストローを刺しつつ、曲のテーマを思い起こす。
夜空に一瞬だけ光る青い花火のように、過ぎ去った眩しい日々。手の届かない場所へ行ってしまった愛しい相手。失ってもなお、胸に焼きついて消えない鮮烈な輝き。そんな曲に感情移入するとか縁起でもない。ノアを失ってたまるかクソッ。
悪態をつきそうになってストローをかじる。そんな俺を見て、健ちゃんはニヤニヤと笑っていた。
「ほ~ん。別れたくない相手がいると」
「……いや、べつにそういうんじゃないけど」
「ほほん? そういうんじゃないけど? 好きな子いるってこと? 告った? 告る前? 詮索はしないけど俺が知ってる子かどうかだけ教えといてくれる? あとどこ住み? 名前は? 芸能人でいうと誰似?」
「詮索してるて」
グイグイ来る健ちゃんを押しのけようとする。だが筋肉がムキムキな上に、体幹も鍛え抜かれているのでびくともしない。筋肉つけすぎだろ、と思っていたが、今となってはうらやましい。想いの全部を踊りに込めるための体。短期間でここまで仕上げることはできないけれど、少しでも近づきたい。
無理に口を割らせる気はないのか、健ちゃんはしつこく詮索せず、再び俺の背中を叩いた。
「まあ、オスが踊るのは求愛のためだって相場が決まってるから。オスみ出していこう」
そう言いながら立ち上がる健ちゃんに続いて、俺も腰を上げる。練習再開。健ちゃんも俺に合わせて、他のメンバーのパートを踊ってくれる。経験者のサポート、マジで助かる。持つべきものは友達だ。
——雄が踊るのは求愛のため。主語がデカいが、俺の場合はまさにその通り。
何よりも大切で、誰よりも愛おしい。はしゃぎまわって、笑い合った日々。なんということのない日常。くだらない喧嘩。一緒にいたずらをして叱られた記憶さえも。幼い頃から、ふたりで築き上げてきたすべて。かけがえのない輝き。絶やさずに、守りたい。
この気持ちをどこまでダンスに乗せられるだろうか。
とりあえず限界まで行く。そうしないとプロを超えられない。ノアの「一番好き」が血反吐を吐いた先にあるのなら、いくらでも吐いてやろうと思う。
見てもらえるのは週1回か2回、先生の空き時間に合わせる。最初のレッスンは基礎練習を1時間ぶっ続けでやった。アイソレーションにステップの基礎、リズム取り、姿勢の矯正、動きを滑らかにするためのストレッチ。
教えてもらった内容をしっかり覚えて、毎日自主練習する。あとは持久力も必要なので走り込む。
振り付けを教えてもらえるようになったのは3回目のレッスンから。各パートを細かく分解して、ひとつひとつ学んでいく。最初はスローテンポで、 8カウントずつ区切って練習する。完成度の高い8カウントを増やし、徐々にテンポを上げていくことで全体の質を高める、というやり方だ。
レッスンのない日はひたすら自主練。もちろん勉強にも手を抜かない。血反吐はまだ吐いていないが、いつ吐いてもおかしくない。
公民館の外庭で練習していると、たまに健ちゃんが顔を出す。
「おす。お疲れ」
「…………ぉぅ」
練習しすぎて弱々しい声しか出ない俺を笑いながら、健ちゃんがプロテイン飲料を差し出す。冷えた紙パックをありがたく受け取った。
もうすぐ午後9時。公民館はとっくに閉まっている。ガラス張りの外壁が鏡代わりになるので、夜間はダンスの自主練に使えるのだと健ちゃんに教えてもらった。近隣住民の迷惑にならないよう静かに、巡回の警官が来る前に撤収するのが鉄則だ。
健ちゃんも来たし、一時休憩。植え込みの脇に腰をおろして、撮影しておいた自分の踊りを再生する。横から俺のタブレットをのぞき込んだ健ちゃんが口笛を吹く。
「いいじゃん、すげえ上達したな」
「ん……でも、まだ振り付けをなぞってるだけで、ちゃんと踊れてる実感がない」
「ワハハ、ガチだ。文化祭でそこまでやるか~?」
やる。どこまでもやる。ノアに「一番好き」と思ってもらえるためならなんだってする。
その決意に変わりはないのだけれど。
最近、練習に打ち込みすぎてノアに会えてない。今頃ノアはバイトをしているはずだ。いつもだったらバイト先に顔を出して、一緒に帰るのに。練習終わりに迎えにいけば会えるけれど、必死こいて汗だくになったみっともない姿をノアに見られたくない。
ノアとはちょいちょいLINEでやりとりしているし、暇を見つけてビデオ通話もしている。それでも会いたい。手の届く距離で。ふにゃりと笑うノアが放つ、やわらかい空気に触れたい。
クソデカため息を漏らしていたら、健ちゃんが俺の背中を叩いた。
「大丈夫だって。俺の目から見てもかなり仕上がってるし。先生も上達が早いってすげー褒めてたよ」
落ち込んでいる原因はそこじゃないけれど、温かい励ましが率直にありがたい。
「あと俺からアドバイスできるとしたらあれだな、曲に感情移入すると上手い具合に踊れるっていう」
「でもこの曲、別れの歌じゃん」
健ちゃんがくれたプロテインの紙パックにストローを刺しつつ、曲のテーマを思い起こす。
夜空に一瞬だけ光る青い花火のように、過ぎ去った眩しい日々。手の届かない場所へ行ってしまった愛しい相手。失ってもなお、胸に焼きついて消えない鮮烈な輝き。そんな曲に感情移入するとか縁起でもない。ノアを失ってたまるかクソッ。
悪態をつきそうになってストローをかじる。そんな俺を見て、健ちゃんはニヤニヤと笑っていた。
「ほ~ん。別れたくない相手がいると」
「……いや、べつにそういうんじゃないけど」
「ほほん? そういうんじゃないけど? 好きな子いるってこと? 告った? 告る前? 詮索はしないけど俺が知ってる子かどうかだけ教えといてくれる? あとどこ住み? 名前は? 芸能人でいうと誰似?」
「詮索してるて」
グイグイ来る健ちゃんを押しのけようとする。だが筋肉がムキムキな上に、体幹も鍛え抜かれているのでびくともしない。筋肉つけすぎだろ、と思っていたが、今となってはうらやましい。想いの全部を踊りに込めるための体。短期間でここまで仕上げることはできないけれど、少しでも近づきたい。
無理に口を割らせる気はないのか、健ちゃんはしつこく詮索せず、再び俺の背中を叩いた。
「まあ、オスが踊るのは求愛のためだって相場が決まってるから。オスみ出していこう」
そう言いながら立ち上がる健ちゃんに続いて、俺も腰を上げる。練習再開。健ちゃんも俺に合わせて、他のメンバーのパートを踊ってくれる。経験者のサポート、マジで助かる。持つべきものは友達だ。
——雄が踊るのは求愛のため。主語がデカいが、俺の場合はまさにその通り。
何よりも大切で、誰よりも愛おしい。はしゃぎまわって、笑い合った日々。なんということのない日常。くだらない喧嘩。一緒にいたずらをして叱られた記憶さえも。幼い頃から、ふたりで築き上げてきたすべて。かけがえのない輝き。絶やさずに、守りたい。
この気持ちをどこまでダンスに乗せられるだろうか。
とりあえず限界まで行く。そうしないとプロを超えられない。ノアの「一番好き」が血反吐を吐いた先にあるのなら、いくらでも吐いてやろうと思う。
