「ノア、顔赤い」
「えっ!? い、いや、ほら、暑いからさ……」
「熱中症じゃないか?」
れいちゃんが僕の額に手を当てる。ああ、汗ばんでるのに。僕は気恥ずかしい気持ちになって背を丸めたけれど、れいちゃんは真剣な顔をして僕の手を引いた。
「一旦俺の家行くぞ。誰かしらいるはずだから診てもらおう。歩ける?」
「いいよ、全然大丈夫だし……!」
「ダメ。手遅れになったら後遺症とかマジで怖いから。歩けるうちに移動しとこう。歩けなさそうなら背負うけど」
「あ、歩けるよ!?」
強引なれいちゃんにひっぱられて、昔みたいに手を繋いだまま人混みに飛び込む。
小さい頃も、こうして手を繋いではしゃぎ回っていた。綿飴やかき氷を手にした子供たちが、昔の僕らと重なって見える。
僕たちの関係は昔から変わらないのに。れいちゃんに握られた手が、熱い。
なんでだろう、とぼんやり考えている間にれいちゃんの家に到着する。れいちゃんは玄関の扉を開くなり、奥のリビングに向かって叫んだ。
「母さん! 誰かいない? ノアが熱中症っぽくて」
「あら~、じいじ呼ばなきゃ」
れいちゃんのママがすぐに顔を出す。れいちゃんママは音大のピアノ講師。それ以外の家族はみんな医者。れいちゃんのじいじは大病院の院長だ。じいじは根っからのお祭り好きで、毎年ボランティアで救急救護所の責任者をしている。
「平気だってば~! ただちょっと暑くてめまいがする程度だし」
「それもう熱中症になりかけだから」
れいちゃんは一歩も譲らない。そこまで具合が悪いわけでもないのに、れいちゃんのじいじまで動員するのは申し訳ない。それでもれいちゃんママに呼び出されたじいじは祭り装束で颯爽とやってきて、僕の容体を確認して「はい、軽度の熱中症」と即座に診断を下した。
れいちゃんママに用意してもらった経口補水液を飲む僕を見て、じいじがにかっと笑う。
「おいしいでしょ? しばらくうちで休んでなさいね」
「……そうさせてもらいます」
しょっぱいはずの経口補水液が甘く感じられる。これは体から塩分が失われているから、らしい。僕は大人しく休むことにした。
お祭りに戻っていくじいじを見送って、れいちゃんママに促されてソファに横たわる。れいちゃんは僕の隣で心配そうに僕の様子を見てくれていた。氷嚢を僕の額に押し当てながら口を開く。
「今日の日中はもう外出ない方がいいよ。うち泊まっていったら?」
「ん~、そこまでしんどくないから大丈夫。それにちょっと休んだら健ちゃんのところでバイトしなきゃだし」
駅前通りの商店街、長谷川豆腐店は毎年かき氷の出店を出している。おすすめは黒蜜きなこ。餡子や白玉、フルーツもトッピングできる人気商品。その分手間がかかるから、手伝いがひとりでも欠けたらお店が回らなくなってしまう。
そんな事情を知らないはずのれいちゃんは、毅然と言い切った。
「それ、俺が代わりに行く」
「えっ、でも」
「いいから、健ちゃんにLINEだけしといて」
いやいや。そんなん悪いし。そう言って起き上がろうとする僕の肩を、れいちゃんが優しく押し留める。体をかがめて、僕の耳元でそっと囁く。
「――バイト代でプール行こ。2人で」
「あえっ、う、うん……」
僕の頭をぽんぽんと撫でてから、れいちゃんは「ちゃんと休んでろよ」と念を押してリビングを出て行った。
れいちゃんがいなくなってしばらくの間、僕の頭はまともに回らなかった。
——なに。今の。やけに優しくて甘い声は。
しかも耳元で囁くとか。ちょっとダメだなれいちゃん、こんなことしてたら惚れる人が続出しちゃうって。よくないですよ。僕は幼なじみだから耐えられるけど、一般の方は本当に危ない。危険。
胸がすごくドキドキして、体中が心臓になったみたいに苦しくて、鯉口シャツの胸元を掴んでくしゃくしゃにする。友達として改めて、頼もしいな~、大好きだな~、とは思うけど。別にれいちゃんに惚れたとかじゃなくて。そういうんじゃなくて。そういうんじゃなくて。本当にそういうんじゃなくて。
ひとりで葛藤している僕の様子を見て、れいちゃんのママが「あら」と声を上げた。
「顔が真っ赤っか。もっと冷やさなきゃ」
「あっ、いや、違うくて! 熱中症だからこうなってるだけだから!」
「うん? そうだねえ?」
よくわからない言い訳をしてしまった僕に、れいちゃんママは小首を傾げながら氷枕を追加で持ってきてくれた。
のぼせた頭が冷えていく。それなのに、胸の奥がまだ熱を持っている。囁かれた耳元がくすぐったい。
困った。重症かもしれない。僕はため息をついて目を閉じた。
——れいちゃんがバイトをした結果、長谷川豆腐店の出店は例年以上に大繁盛。過去最高の売り上げを記録することになるのだけれど、その時の僕は夢の中に出てきたヒーローに向かって「そんなんしてたらモテすぎちゃうんだからね!」とお説教するのに忙しかった。
「えっ!? い、いや、ほら、暑いからさ……」
「熱中症じゃないか?」
れいちゃんが僕の額に手を当てる。ああ、汗ばんでるのに。僕は気恥ずかしい気持ちになって背を丸めたけれど、れいちゃんは真剣な顔をして僕の手を引いた。
「一旦俺の家行くぞ。誰かしらいるはずだから診てもらおう。歩ける?」
「いいよ、全然大丈夫だし……!」
「ダメ。手遅れになったら後遺症とかマジで怖いから。歩けるうちに移動しとこう。歩けなさそうなら背負うけど」
「あ、歩けるよ!?」
強引なれいちゃんにひっぱられて、昔みたいに手を繋いだまま人混みに飛び込む。
小さい頃も、こうして手を繋いではしゃぎ回っていた。綿飴やかき氷を手にした子供たちが、昔の僕らと重なって見える。
僕たちの関係は昔から変わらないのに。れいちゃんに握られた手が、熱い。
なんでだろう、とぼんやり考えている間にれいちゃんの家に到着する。れいちゃんは玄関の扉を開くなり、奥のリビングに向かって叫んだ。
「母さん! 誰かいない? ノアが熱中症っぽくて」
「あら~、じいじ呼ばなきゃ」
れいちゃんのママがすぐに顔を出す。れいちゃんママは音大のピアノ講師。それ以外の家族はみんな医者。れいちゃんのじいじは大病院の院長だ。じいじは根っからのお祭り好きで、毎年ボランティアで救急救護所の責任者をしている。
「平気だってば~! ただちょっと暑くてめまいがする程度だし」
「それもう熱中症になりかけだから」
れいちゃんは一歩も譲らない。そこまで具合が悪いわけでもないのに、れいちゃんのじいじまで動員するのは申し訳ない。それでもれいちゃんママに呼び出されたじいじは祭り装束で颯爽とやってきて、僕の容体を確認して「はい、軽度の熱中症」と即座に診断を下した。
れいちゃんママに用意してもらった経口補水液を飲む僕を見て、じいじがにかっと笑う。
「おいしいでしょ? しばらくうちで休んでなさいね」
「……そうさせてもらいます」
しょっぱいはずの経口補水液が甘く感じられる。これは体から塩分が失われているから、らしい。僕は大人しく休むことにした。
お祭りに戻っていくじいじを見送って、れいちゃんママに促されてソファに横たわる。れいちゃんは僕の隣で心配そうに僕の様子を見てくれていた。氷嚢を僕の額に押し当てながら口を開く。
「今日の日中はもう外出ない方がいいよ。うち泊まっていったら?」
「ん~、そこまでしんどくないから大丈夫。それにちょっと休んだら健ちゃんのところでバイトしなきゃだし」
駅前通りの商店街、長谷川豆腐店は毎年かき氷の出店を出している。おすすめは黒蜜きなこ。餡子や白玉、フルーツもトッピングできる人気商品。その分手間がかかるから、手伝いがひとりでも欠けたらお店が回らなくなってしまう。
そんな事情を知らないはずのれいちゃんは、毅然と言い切った。
「それ、俺が代わりに行く」
「えっ、でも」
「いいから、健ちゃんにLINEだけしといて」
いやいや。そんなん悪いし。そう言って起き上がろうとする僕の肩を、れいちゃんが優しく押し留める。体をかがめて、僕の耳元でそっと囁く。
「――バイト代でプール行こ。2人で」
「あえっ、う、うん……」
僕の頭をぽんぽんと撫でてから、れいちゃんは「ちゃんと休んでろよ」と念を押してリビングを出て行った。
れいちゃんがいなくなってしばらくの間、僕の頭はまともに回らなかった。
——なに。今の。やけに優しくて甘い声は。
しかも耳元で囁くとか。ちょっとダメだなれいちゃん、こんなことしてたら惚れる人が続出しちゃうって。よくないですよ。僕は幼なじみだから耐えられるけど、一般の方は本当に危ない。危険。
胸がすごくドキドキして、体中が心臓になったみたいに苦しくて、鯉口シャツの胸元を掴んでくしゃくしゃにする。友達として改めて、頼もしいな~、大好きだな~、とは思うけど。別にれいちゃんに惚れたとかじゃなくて。そういうんじゃなくて。そういうんじゃなくて。本当にそういうんじゃなくて。
ひとりで葛藤している僕の様子を見て、れいちゃんのママが「あら」と声を上げた。
「顔が真っ赤っか。もっと冷やさなきゃ」
「あっ、いや、違うくて! 熱中症だからこうなってるだけだから!」
「うん? そうだねえ?」
よくわからない言い訳をしてしまった僕に、れいちゃんママは小首を傾げながら氷枕を追加で持ってきてくれた。
のぼせた頭が冷えていく。それなのに、胸の奥がまだ熱を持っている。囁かれた耳元がくすぐったい。
困った。重症かもしれない。僕はため息をついて目を閉じた。
——れいちゃんがバイトをした結果、長谷川豆腐店の出店は例年以上に大繁盛。過去最高の売り上げを記録することになるのだけれど、その時の僕は夢の中に出てきたヒーローに向かって「そんなんしてたらモテすぎちゃうんだからね!」とお説教するのに忙しかった。
