「このクソガキが髪型のこといじるせいで話が進まねえんだよ」
「話って?」
「ほら、もうすぐ夏祭りじゃん。うちで屋台出すから乃碧にバイトしてもらおうと思って」
地元の夏祭りは力が入っている。8つの町内会が集まって、駅前から川沿いの神社までの広範囲に神輿が出る。健ちゃんの豆腐屋も祭りに便乗して毎年屋台を出している。
「そっか。今年もかき氷?」
「そうそう、黒蜜きな粉のやつ。今年はうちの町内会が年番だし、手伝いあるから俺が店出れなくて仕方なく」
年番というのはその年の祭りを仕切る担当。神酒所の設営や警備の手配など、いろいろ雑事がある。健ちゃんの店がある商店会は特に祭りに力を入れている。若手の健ちゃんは重宝されているらしい。
ようやく笑いが収まったノアがゆるゆると立ち上がったのを見て、健ちゃんが舌打ちする。
「うちのばあちゃんが乃碧のこと気に入ってるから、『働いてもらうなら乃碧ちゃんにしときな』ってうるせえんだよ。こいつこんなナメくさってんのに」
苛立ちを隠さない健ちゃんに構わず、ノアはドヤ顔で微笑む。
「さすが健ちゃんのおばあちゃん、人を見る目がある」
「お前、昨日も俺がいない間にうちに上がり込んで飯食ってただろ」
「だって健ちゃんのおばあちゃんもお母さんも、お豆腐買いに行くとご飯食べていきなさいって言ってくれるから」
「あつかましいわボケ」
「健ちゃんのお母さん、健ちゃんが色気づいて派手なパンツばっかり買うから洗濯して干す時恥ずかしいって言ってたよ」
「だからそういう身内の話を暴露してんじゃねえよ!」
健ちゃんがノアをヘッドロックする。ノアは「れいちゃん助けて~!」と声をあげるが助けない。もがくノアのほっぺたをつついていたら、健ちゃんがはっと思い出したように口を開いた。
「そうそう、これから飯行くんだよ。零ちゃんもどう?」
話を聞けば、健ちゃんたちは中学のときの同級生たちと昼飯を食べに行く約束をしているそうだ。そういえばここはガストの前。待ち合わせをしている所に俺が通りかかったらしい。
ノアはヘッドロックされたまま、俺のシャツの脇を引っ張った。
「れいちゃんも来てよ~」
「いや、俺はいいよ。いきなり知らん奴来たら嫌だろ」
「んえ~全然そんなことないと思うけど」
俺が初対面の人と話すのが苦手だと知っているノアはしつこく誘うことなく、名残惜しそうに俺のシャツから手を離した。
それからすぐに、待ち合わせをしていたノアの友人たちがやってきた。ノアもヘッドロックから解放される。適当に別れの挨拶を交わして、俺は家へ向けて歩き出した。
なるべく日陰を選んで歩きながら、なんだかんだで仲のいいノアと健ちゃんのことを考える。
小学生の頃の健ちゃんは結構な乱暴者で、ノアはいじめられっ子みたいなポジションになりがちだった。それを俺がさりげなく阻止していたけれど、同じ公立の中学に通うようになってからはうまく友人関係を築いていた。ノアは素直だし甘え上手なところがあるから、健ちゃんのお母さんにもお祖母さんにも気に入られて当然。
だから。ノアには俺がいてやらなきゃいけない、なんてことはないし、俺だけがノアの良さをわかっている訳ではない。
青信号が点滅する。横断歩道に駆け出していく気にもなれなくて、信号が変わるのを待つ。交差点には隠れられる陰がほぼない。容赦のない直射日光にうんざりしていたら、スマホが震えた。ノアからのLINE。猫がどんぶり飯を食らっているスタンプに続けて、短いメッセージ。
<今度2人でご飯行こ>
——2人で。
無難にOKのスタンプを返しつつ、スマホを持っていない方の手で小さくガッツポーズを決める。
ノアは何の気なしに「2人で」と言っているんだろうけれど。嬉しいものは嬉しい。誰かと一緒じゃなくて、当たり前に2人で行こうと言ってくれることに俺がこんなにも喜んでいるなんて、ノアは思いもしないんだろうな。
信号が青に変わる。俺はスマホをポケットにつっこんで再び歩き出した。
2人で、どこにでも行こう。酷暑でも灼熱地獄でも、2人でいれば楽園だ。
「話って?」
「ほら、もうすぐ夏祭りじゃん。うちで屋台出すから乃碧にバイトしてもらおうと思って」
地元の夏祭りは力が入っている。8つの町内会が集まって、駅前から川沿いの神社までの広範囲に神輿が出る。健ちゃんの豆腐屋も祭りに便乗して毎年屋台を出している。
「そっか。今年もかき氷?」
「そうそう、黒蜜きな粉のやつ。今年はうちの町内会が年番だし、手伝いあるから俺が店出れなくて仕方なく」
年番というのはその年の祭りを仕切る担当。神酒所の設営や警備の手配など、いろいろ雑事がある。健ちゃんの店がある商店会は特に祭りに力を入れている。若手の健ちゃんは重宝されているらしい。
ようやく笑いが収まったノアがゆるゆると立ち上がったのを見て、健ちゃんが舌打ちする。
「うちのばあちゃんが乃碧のこと気に入ってるから、『働いてもらうなら乃碧ちゃんにしときな』ってうるせえんだよ。こいつこんなナメくさってんのに」
苛立ちを隠さない健ちゃんに構わず、ノアはドヤ顔で微笑む。
「さすが健ちゃんのおばあちゃん、人を見る目がある」
「お前、昨日も俺がいない間にうちに上がり込んで飯食ってただろ」
「だって健ちゃんのおばあちゃんもお母さんも、お豆腐買いに行くとご飯食べていきなさいって言ってくれるから」
「あつかましいわボケ」
「健ちゃんのお母さん、健ちゃんが色気づいて派手なパンツばっかり買うから洗濯して干す時恥ずかしいって言ってたよ」
「だからそういう身内の話を暴露してんじゃねえよ!」
健ちゃんがノアをヘッドロックする。ノアは「れいちゃん助けて~!」と声をあげるが助けない。もがくノアのほっぺたをつついていたら、健ちゃんがはっと思い出したように口を開いた。
「そうそう、これから飯行くんだよ。零ちゃんもどう?」
話を聞けば、健ちゃんたちは中学のときの同級生たちと昼飯を食べに行く約束をしているそうだ。そういえばここはガストの前。待ち合わせをしている所に俺が通りかかったらしい。
ノアはヘッドロックされたまま、俺のシャツの脇を引っ張った。
「れいちゃんも来てよ~」
「いや、俺はいいよ。いきなり知らん奴来たら嫌だろ」
「んえ~全然そんなことないと思うけど」
俺が初対面の人と話すのが苦手だと知っているノアはしつこく誘うことなく、名残惜しそうに俺のシャツから手を離した。
それからすぐに、待ち合わせをしていたノアの友人たちがやってきた。ノアもヘッドロックから解放される。適当に別れの挨拶を交わして、俺は家へ向けて歩き出した。
なるべく日陰を選んで歩きながら、なんだかんだで仲のいいノアと健ちゃんのことを考える。
小学生の頃の健ちゃんは結構な乱暴者で、ノアはいじめられっ子みたいなポジションになりがちだった。それを俺がさりげなく阻止していたけれど、同じ公立の中学に通うようになってからはうまく友人関係を築いていた。ノアは素直だし甘え上手なところがあるから、健ちゃんのお母さんにもお祖母さんにも気に入られて当然。
だから。ノアには俺がいてやらなきゃいけない、なんてことはないし、俺だけがノアの良さをわかっている訳ではない。
青信号が点滅する。横断歩道に駆け出していく気にもなれなくて、信号が変わるのを待つ。交差点には隠れられる陰がほぼない。容赦のない直射日光にうんざりしていたら、スマホが震えた。ノアからのLINE。猫がどんぶり飯を食らっているスタンプに続けて、短いメッセージ。
<今度2人でご飯行こ>
——2人で。
無難にOKのスタンプを返しつつ、スマホを持っていない方の手で小さくガッツポーズを決める。
ノアは何の気なしに「2人で」と言っているんだろうけれど。嬉しいものは嬉しい。誰かと一緒じゃなくて、当たり前に2人で行こうと言ってくれることに俺がこんなにも喜んでいるなんて、ノアは思いもしないんだろうな。
信号が青に変わる。俺はスマホをポケットにつっこんで再び歩き出した。
2人で、どこにでも行こう。酷暑でも灼熱地獄でも、2人でいれば楽園だ。
