絶対に告白させたい×絶対に告白しない幼なじみ

*side乃碧

 教室って不思議だ。入学したての時はあんなにもよそよそしく感じていたのに、いつの間にか慣れてしまう。自宅の次くらいに長く過ごす場所なんだから、慣れるのが当たり前といえば当たり前なんだけど。すっかりフレッシュ感の薄れた教室では、期末試験の全教科を終えた同級生たちが歓声をあげたり落胆したりしていた。残念ながら僕も落胆する方。ため息をつきながら手元に残った問題用紙を眺めていたら、前の席のかみやんが僕の方を向いた。

「スズキノくん、どうだった?」
「やばい、最後の問題自信ない」

 神谷くんだから、かみやん。僕は名簿とかジャージに「鈴木(乃)」と書かれがちなので、そのまま「スズキノ」と呼ばれている。
 かみやんとは席が近いし、部活も一緒なのですぐに打ち解けた。そんなかみやんに見守られながらもう一度最後の問題を解いてみる。

「あー! やっぱり不正解だったぁ!」
「ハハハやばいじゃん。まあ俺もやばいけど」
「うそだー、かみやんは数学得意でしょ、絶対余裕じゃん」
「そんなことないって。ほら見てこれ」
 
 かみやんが見せてくれた問題用紙の裏には、試験監督をしていた先生の顔が描かれていた。この完成度はただ事ではない。

「なにこれうますぎない!?」
「絶望的すぎて落書きにも力入っちゃうよね」
「開き直りすぎでしょ……」

 天才的に上手いかみやんの絵を横目に、もう一度最初から問題を確認してため息をつく。平均点は取れているとは思うけど。期末テストの前に、れいちゃんと一緒に勉強したのにな。「ここ引っかかりやすいから気をつけて」と教えてもらった箇所をまんまと間違えてしまった。僕ってば雑魚すぎる。れいちゃんに顔向けできない。

「どうする? 今日美術室行く?」
「あー、部活ないけどみんな集まるとか言ってたね。僕たちも行こっか」

 気を取り直してかみやんと雑談する。でも僕は少しぼんやりしていた。テストが終わって、緊張がゆるんだ途端、溜まっていた疲労が一気に存在を主張し始めた。
 この春から生活環境が激変していた。一人暮らしを始めて、高校に進学して、バイトもして。疲労だけじゃなくて、寂しさも重たくのしかかってくる。
 れいちゃんには「家族と暮らしていた時より楽」なんて見栄を張ったけど、やっぱり寂しい。朝起きるたび、夕方家に帰るたび、誰もいないリビングでちょっとだけ悲しくなる。そのほんの少しの積み重ねを繰り返しているうちにホームシックが完成した感じ。僕の方が家にいるんだからホームシックって言うのは違うのかもしれないけど。
 僕の父はシステムエンジニアをしていて、この春からインドネシアに赴任している。Webライターの母と、これから中学生になる妹の恵麻ちゃんも一緒について行ったけど、僕だけ日本に残った。恵麻ちゃんは新しい環境が楽しくて仕方ないようだった。「お兄ちゃんも来ればよかったのに」というLINEをよくもらう。
 家族が恋しい。それでも一人で日本に残ると決めたことに後悔はない。
 どうしてもこの高校に通いたかった、という理由が半分。あとの半分は、れいちゃんの近くにいたかったから。
 れいちゃんとは、小学校までは同じ学校だった。クラスも一年生から六年生までずっと同じ。でも中学からは別々。れいちゃんはめちゃくちゃレベルの高い名門私立に通うことになった。さすがれいちゃんだぜ、と思いはしたし、当然のことなんだけど、寂しかった。
 いくら幼なじみと言ったって、学校が違えば交友関係も変わる。れいちゃんと遊ぶ機会も減っていくのかなって思ってた。そこに父の海外赴任の話が出た。もし僕が海外に行ったら、距離的にも離れてしまう。それが嫌だったから。
 ……あれ。僕、なんか重いな。
 改めて考えると、僕の気持ちの中心にはいつもれいちゃんがいる。何か楽しいことがあったら「れいちゃんに話そう」って思うし、困ったことがあったら「れいちゃんならどうするかな」って考えてみたりする。ちっちゃな時からずっとそう。当たり前に思ってたけど、それって、なんか。僕ってれいちゃんのこと頼りすぎじゃないか? 依存? っていうの? やばくない? 今もれいちゃんの声が聞こえる気がするし。
 ――いや気のせいじゃない。絶対にれいちゃんの声がする。
 思わず椅子から腰を浮かせて教室を見渡す。そんな僕にかみやんが首をかしげた。