食べながら、お互いの学校での出来事を話す。
俺は中等部からの内部進学だから大して変わり映えしないが、ノアの生活はこの春から目まぐるしく変化している。新しい学校。初バイト。一人暮らし。まさに新生活だ。最近はノアの方がよく話すので、俺は聞き役に回る。
一番話題に上るのは部活のこと。
「最初に教えてもらうことがおすすめの寝袋の話だとは思わなかったよ」
「泊まり前提なんだ?」
「そう。美術部なのに合宿があるんだよね。イベントも文化祭だけじゃなくて、体育祭の時も応援の幟を作るんだって。あとお正月に近くの神社にでかい絵馬を奉納する伝統があって――」
ノアの話に相槌を打ちながら、中学生の頃を思い出す。
志望校の下見がてら、文化祭に行くというノアに誘われて俺も付き添った。中学生とはレベルの違う、気合いの入った展示や出店に、2人してはしゃいでいた。
その中でも特に、美術部のライブペインティングは圧巻だった。校舎の壁に、スプレーや筆、時には素手で描いていく。目の前を染めていく極彩色。俺の隣でノアが息を呑む気配がした。俺は「すごいな」と声をかけたけれど、パフォーマンスに心を奪われていたノアの耳には届かなかった。
元々「僕の偏差値じゃ厳しいけど、先生に勧められたから」という理由で一応訪れてみた高校だった。でも俺にはノアがこの高校を選ぶことがその時にわかったし、実際ノアは猛勉強をして合格を勝ち取った。
家族の海外赴任が決まったのに、ひとり日本に残ると決めたのも、今通っている高校にどうしても行きたかったからだ。美術部様々である。ノアが家族と一緒に海外へ行ってしまっていたら、この幸福な時間もなかった。
話の切れ間に、ノアはふと表情を曇らせた。
「――なんかごめん、僕ばっかり話してて」
「いや、全然。ノアの高校って面白いよな」
「それならよかったけど……でもれいちゃん、最近ちょっと元気ないよね。なんかあった?」
「そう? 普通に元気だけど。ティラミスも頼んでいい?」
「もちろん! プリンと盛り合わせのやつにしよ」
俺がおねだりをすると、ノアは再び瞳を輝かせてデザートをオーダーした。
普通に元気などと見栄を張ったが、最近の俺は沈みがちだ。最近、というか、あの日から。
この前、ノアに会いたくてバイト先に顔を出した日。押しの強い先輩の誘いを断るために、俺はノアとつきあっているということにした。ノアも俺の意図を察して話を合わせてくれた。
少し強引に手をつないで。温かな手に拒まれなかったことで、俺は明らかに浮ついていた。
もしかしたらこの流れで本当につきあうことになるとか。ありかもしれない。そう思って「本当につきあう?」と聞いてみたら。ノアは「ないでしょそんなん!」と答えて、笑っていた。
――ないんだ。
ないのかよ。あれよ。ありであれよ。
その場の勢いに任せて、冗談めかして言ったのもよくなかった。完全な失敗だった。
絶対に惚れさせる、ノアの方から告白してくるぐらいかっこよくなる、という決意に変わりはない。でも「ない」とはっきり言われるとさすがに堪える。
ノアが俺のことを恋愛対象としてまったく意識していないことなんて、最初からわかっていた。だからこそ地道に距離を縮めて、ただの幼なじみから一歩踏み出さなければならない。例えば――ノアの口元。端に、ミラノ風ドリアのミートソースがついている。これを俺がぬぐってやる、というのはありだろうか。なんか恋愛系の漫画とかであるじゃん。「ついてたよ」つって、指で取ってやったやつをペロッと舐める……いや、ないな! 漫画ならまだしもリアルでやったらキモい! 俺とノアの距離感ならいけるか? でもノアにキモがられたら俺は普通に死ぬ。
ノアの唇を見つめたまま葛藤する。そのうちノアが俺の視線に気がついて、口元に手をやった。
「なんかついてる? ……わ! 結構汚れてたな?」
「…………いつ気がつくかな~って思ってたよ」
「なんだよそれ~はよ教えて」
ノアが照れ笑いをしながら、紙ナプキンで口元を拭く。くしゃくしゃに丸められた紙ナプキンと共に俺の気持ちもしぼんだ。だから俺はダメなんだ。ノアに嫌われることが怖くてチャンスを活かせない。いくじなし。ヘタレ。
「……れいちゃん、なんかやっぱり元気なくない?」
「は? めちゃくちゃ元気だが? いつティラミスが来てもいいように素振りしとくか」
空元気を振り絞り、スプーンで空中をすくう仕草を繰り返す。俺のふざけたパントマイムを見たノアがきゃっきゃと笑う。ノアにはずっとこうやって笑っていてほしい。
俺は中等部からの内部進学だから大して変わり映えしないが、ノアの生活はこの春から目まぐるしく変化している。新しい学校。初バイト。一人暮らし。まさに新生活だ。最近はノアの方がよく話すので、俺は聞き役に回る。
一番話題に上るのは部活のこと。
「最初に教えてもらうことがおすすめの寝袋の話だとは思わなかったよ」
「泊まり前提なんだ?」
「そう。美術部なのに合宿があるんだよね。イベントも文化祭だけじゃなくて、体育祭の時も応援の幟を作るんだって。あとお正月に近くの神社にでかい絵馬を奉納する伝統があって――」
ノアの話に相槌を打ちながら、中学生の頃を思い出す。
志望校の下見がてら、文化祭に行くというノアに誘われて俺も付き添った。中学生とはレベルの違う、気合いの入った展示や出店に、2人してはしゃいでいた。
その中でも特に、美術部のライブペインティングは圧巻だった。校舎の壁に、スプレーや筆、時には素手で描いていく。目の前を染めていく極彩色。俺の隣でノアが息を呑む気配がした。俺は「すごいな」と声をかけたけれど、パフォーマンスに心を奪われていたノアの耳には届かなかった。
元々「僕の偏差値じゃ厳しいけど、先生に勧められたから」という理由で一応訪れてみた高校だった。でも俺にはノアがこの高校を選ぶことがその時にわかったし、実際ノアは猛勉強をして合格を勝ち取った。
家族の海外赴任が決まったのに、ひとり日本に残ると決めたのも、今通っている高校にどうしても行きたかったからだ。美術部様々である。ノアが家族と一緒に海外へ行ってしまっていたら、この幸福な時間もなかった。
話の切れ間に、ノアはふと表情を曇らせた。
「――なんかごめん、僕ばっかり話してて」
「いや、全然。ノアの高校って面白いよな」
「それならよかったけど……でもれいちゃん、最近ちょっと元気ないよね。なんかあった?」
「そう? 普通に元気だけど。ティラミスも頼んでいい?」
「もちろん! プリンと盛り合わせのやつにしよ」
俺がおねだりをすると、ノアは再び瞳を輝かせてデザートをオーダーした。
普通に元気などと見栄を張ったが、最近の俺は沈みがちだ。最近、というか、あの日から。
この前、ノアに会いたくてバイト先に顔を出した日。押しの強い先輩の誘いを断るために、俺はノアとつきあっているということにした。ノアも俺の意図を察して話を合わせてくれた。
少し強引に手をつないで。温かな手に拒まれなかったことで、俺は明らかに浮ついていた。
もしかしたらこの流れで本当につきあうことになるとか。ありかもしれない。そう思って「本当につきあう?」と聞いてみたら。ノアは「ないでしょそんなん!」と答えて、笑っていた。
――ないんだ。
ないのかよ。あれよ。ありであれよ。
その場の勢いに任せて、冗談めかして言ったのもよくなかった。完全な失敗だった。
絶対に惚れさせる、ノアの方から告白してくるぐらいかっこよくなる、という決意に変わりはない。でも「ない」とはっきり言われるとさすがに堪える。
ノアが俺のことを恋愛対象としてまったく意識していないことなんて、最初からわかっていた。だからこそ地道に距離を縮めて、ただの幼なじみから一歩踏み出さなければならない。例えば――ノアの口元。端に、ミラノ風ドリアのミートソースがついている。これを俺がぬぐってやる、というのはありだろうか。なんか恋愛系の漫画とかであるじゃん。「ついてたよ」つって、指で取ってやったやつをペロッと舐める……いや、ないな! 漫画ならまだしもリアルでやったらキモい! 俺とノアの距離感ならいけるか? でもノアにキモがられたら俺は普通に死ぬ。
ノアの唇を見つめたまま葛藤する。そのうちノアが俺の視線に気がついて、口元に手をやった。
「なんかついてる? ……わ! 結構汚れてたな?」
「…………いつ気がつくかな~って思ってたよ」
「なんだよそれ~はよ教えて」
ノアが照れ笑いをしながら、紙ナプキンで口元を拭く。くしゃくしゃに丸められた紙ナプキンと共に俺の気持ちもしぼんだ。だから俺はダメなんだ。ノアに嫌われることが怖くてチャンスを活かせない。いくじなし。ヘタレ。
「……れいちゃん、なんかやっぱり元気なくない?」
「は? めちゃくちゃ元気だが? いつティラミスが来てもいいように素振りしとくか」
空元気を振り絞り、スプーンで空中をすくう仕草を繰り返す。俺のふざけたパントマイムを見たノアがきゃっきゃと笑う。ノアにはずっとこうやって笑っていてほしい。
