*side零
ゴールデンウィークが終わってから数日後の夕方。ふたりでサイゼリヤにやってきた途端、ノアは目をいきいきと輝かせて宣言した。
「今日は僕がおごります!」
「いやいいよ」
「初バイト代出たので! 僕がおごりますって!」
「別にいいって、自分のために使えよ」
「いやいやだって今日はれいちゃんの誕生日だし!」
そう。今日は俺の誕生日。
これまでは毎年、ホームパーティ狂いの母が派手に誕生会を開いて、友人知人を呼んでいた。でももう高校生になったのでいい加減やめてもらった。そして今年はノアとふたりきりで、ささやかな誕生会をすることになった。母には悪いが、これまでの誕生日で一番嬉しい。
「まあ、じゃあ、ごちになります」
「んふ〜、なんでも頼んで」
ノアが俺の誕生日に「ごはん食べに行こ」と言い出した時、多分おごりだなという予感がしていた。あまり負担はかけたくないからサイゼリヤにしといて正解だった。
「僕はミラノ風ドリアにしよ」
「じゃあ俺も」
「えー! せっかくだからハンバーグとかステーキとかにしなよ。それでも全然安いけど……サイゼじゃなぁ……」
やっぱりブロンコビリーに行けばよかった、と小声で嘆くノアを「久しぶりにサイゼ来たかったから」となだめてオーダーを通す。
「一人暮らしは順調? 家事とか大変じゃね?」
「もう慣れたよ〜、むしろ家族みんなで暮らしてた時より家事が楽。ゴミの量が少ないからゴミ捨ても楽だし、洗濯物も少ないし」
ちょっと抜けてるところはあるが、ノアは案外しっかり者だ。両親が共働きだから、子供の頃から家事を手伝っていたし、四歳年下の妹の世話もよくしていた。生活能力は俺よりもずっと高い。
「寂しかったらいつでも呼べよ」
「大丈夫、僕ももう高校生ですし」
「昔は『おばけ』って言われただけで半泣きだったのにな」
「それ幼稚園の時の話でしょ!? 僕だって今はひとりでホラー映画とか観れますからね」
「三丁目の廃病院の話知ってる? 肝試しに不法侵入した男女のグループが……」
「待って待ってやめよ? 別に全然平気だけど? なんにも怖くないけど? 今日は誕生日なんだから明るい話しよ?」
ノアをからかっているうちにオーダーしたミラノ風ドリアが運ばれてくる。俺はありがたくノアに向かって両手を合わせた。
「いただきます」
「お誕生日おめでとう! 召し上がれ〜」
ノアは小さく拍手をしながら、屈託のない笑顔を俺に向ける。その場の空気がぽわっと暖かくなるような笑い方は、幼い頃から変わらない。
コンビニで働くのはノアの夢だった。「だってコンビニはなんでも売ってるし24時間やってるからすごいんだよ!」と言っていたし、作文にも「将来の夢はコンビニの店員さんになることです」と書いていた。その夢を叶えて、初めてのバイト代で俺にご馳走してくれている。なんだこれ尊すぎる。壁に飾られた絵画の天使も俺たちを祝福している。
感動で涙腺が緩む。しかしノアの前で情けない姿を晒すことはできない。俺は目元をきゅっと引き締めた。
「やっぱりサイゼじゃしょぼい?」
「いや? 今までの人生で一番うまいミラノ風ドリアだけど?」
「でも眉間にシワ寄ってる」
「わかってねえな、堪能してんだよ。味の向こう側にミラノの風を感じる」
「それ空調じゃなくて?」
ノアとくだらないことを言い合って、けらけら笑うこの瞬間。本当に天国があるのなら、そこはきっと、こういうささやかな幸福の重なりでできているのだと思う。
ゴールデンウィークが終わってから数日後の夕方。ふたりでサイゼリヤにやってきた途端、ノアは目をいきいきと輝かせて宣言した。
「今日は僕がおごります!」
「いやいいよ」
「初バイト代出たので! 僕がおごりますって!」
「別にいいって、自分のために使えよ」
「いやいやだって今日はれいちゃんの誕生日だし!」
そう。今日は俺の誕生日。
これまでは毎年、ホームパーティ狂いの母が派手に誕生会を開いて、友人知人を呼んでいた。でももう高校生になったのでいい加減やめてもらった。そして今年はノアとふたりきりで、ささやかな誕生会をすることになった。母には悪いが、これまでの誕生日で一番嬉しい。
「まあ、じゃあ、ごちになります」
「んふ〜、なんでも頼んで」
ノアが俺の誕生日に「ごはん食べに行こ」と言い出した時、多分おごりだなという予感がしていた。あまり負担はかけたくないからサイゼリヤにしといて正解だった。
「僕はミラノ風ドリアにしよ」
「じゃあ俺も」
「えー! せっかくだからハンバーグとかステーキとかにしなよ。それでも全然安いけど……サイゼじゃなぁ……」
やっぱりブロンコビリーに行けばよかった、と小声で嘆くノアを「久しぶりにサイゼ来たかったから」となだめてオーダーを通す。
「一人暮らしは順調? 家事とか大変じゃね?」
「もう慣れたよ〜、むしろ家族みんなで暮らしてた時より家事が楽。ゴミの量が少ないからゴミ捨ても楽だし、洗濯物も少ないし」
ちょっと抜けてるところはあるが、ノアは案外しっかり者だ。両親が共働きだから、子供の頃から家事を手伝っていたし、四歳年下の妹の世話もよくしていた。生活能力は俺よりもずっと高い。
「寂しかったらいつでも呼べよ」
「大丈夫、僕ももう高校生ですし」
「昔は『おばけ』って言われただけで半泣きだったのにな」
「それ幼稚園の時の話でしょ!? 僕だって今はひとりでホラー映画とか観れますからね」
「三丁目の廃病院の話知ってる? 肝試しに不法侵入した男女のグループが……」
「待って待ってやめよ? 別に全然平気だけど? なんにも怖くないけど? 今日は誕生日なんだから明るい話しよ?」
ノアをからかっているうちにオーダーしたミラノ風ドリアが運ばれてくる。俺はありがたくノアに向かって両手を合わせた。
「いただきます」
「お誕生日おめでとう! 召し上がれ〜」
ノアは小さく拍手をしながら、屈託のない笑顔を俺に向ける。その場の空気がぽわっと暖かくなるような笑い方は、幼い頃から変わらない。
コンビニで働くのはノアの夢だった。「だってコンビニはなんでも売ってるし24時間やってるからすごいんだよ!」と言っていたし、作文にも「将来の夢はコンビニの店員さんになることです」と書いていた。その夢を叶えて、初めてのバイト代で俺にご馳走してくれている。なんだこれ尊すぎる。壁に飾られた絵画の天使も俺たちを祝福している。
感動で涙腺が緩む。しかしノアの前で情けない姿を晒すことはできない。俺は目元をきゅっと引き締めた。
「やっぱりサイゼじゃしょぼい?」
「いや? 今までの人生で一番うまいミラノ風ドリアだけど?」
「でも眉間にシワ寄ってる」
「わかってねえな、堪能してんだよ。味の向こう側にミラノの風を感じる」
「それ空調じゃなくて?」
ノアとくだらないことを言い合って、けらけら笑うこの瞬間。本当に天国があるのなら、そこはきっと、こういうささやかな幸福の重なりでできているのだと思う。
