「下がれ、雪乃!」
眩い銀光が横から走った。
空気が裂け、黒煙の獣が断ち割られ、悲鳴もなく霧散する。
切っ先に残る尾のあと。
現れたのは、白い羽織を翻す男、武虎であった。
「無事か?」
その声は驚くほど落ち着いていた。
雪乃の腕を支え起こす手は、荒事をしてきた者のそれなのに不思議と温かい。
「旦那様、どうして?」
「たまたま庭を回っていたところだ。まさか、こんなものが潜んでいようとは」
「偶然」ーーそう言って微笑む武虎の目は、雪乃の怯えを吸い込むように優しい。
だがその奥底に、氷のような計算の光がかすかに揺れていた。
彼は知っていた。妖狐が現れる時刻も、方角も、雪乃がここに来ることも。
雪乃の心を掴むための、綿密に敷かれた罠。
その通りに、すべてが運んだだけだった。
雪乃は胸を押さえた。
さっきまで凍りついていた心臓が、今は別の理由で早鐘を打っている。
「助けてくださって、ありがとうございます」
雪乃が震える声でそう言うと、武虎は静かに微笑み、「守るのは当然のことだ」と囁いた。
その声があまりにも優しく、雪乃の頬は赤く染まる。
