禁忌の雪恋〜声を奪われても君を守る〜

 しかし、その時、和臣の耳元でかすかな“囁き”がした。
 風もないのに、耳元だけが冷たい。

 ——その女を守る必要はない。
 ——お前は、白川櫻子と婚約すべきだ。

 ぞわりと背筋が凍る。

 和臣は反射的に振り返るが、廊下には誰もいない。
 ただ、障子の隙間から黒い影が“形もなく”揺れていた。
(妖狐!)

 昨日の夕暮れあたりから、時々思考に濁りが差すような感覚があった。
 しかし今ははっきりと理解できた。

 ——これは、妖狐の妖の“術”だ。

 櫻子の背後に立つ影のように、黒い気配がすっと寄り添っている。

 “櫻子を選べ”
 “雪乃を捨てろ”

 その囁きが、和臣の脳の奥にしぶとくまとわりつく。
(違う。俺は、雪乃を⋯⋯)

 反論しようとしても、喉は震えるだけで声は出ない。
 雪乃が不安げに顔を上げる。
「和臣様?」

 その瞳は、かつて自分が愛した女のもの。
 何度死んでも救いたいと思った相手。
 なのに、頭の中の“影”がさらに強く囁く。

 ——雪女は危険だ。
 ——またお前を凍らせる。
 ——あの時の死を忘れたか。

(⋯⋯っ)
 心臓が凍りつくような錯覚。