春の光がまだ冷たさを含んでいる午後。
華族の屋敷が立ち並ぶ番町にある小笠原家の庭では、梅の花が風に揺れ、ほのかな香りを漂わせていた。
雪乃はその庭を静かに横切り、庭園へと向かっていた。
黒髪を簪でまとめた姿は儚げで、青緑色の瞳は光を含むと水面のように淡く揺らぐ。
没落した華族白川家の令嬢ーーだが、今はただの奉公人である。
家に残された借金を返すため、雪乃は小笠原家に身を置くしかなかった。
その美しさゆえ、小笠原家の主人である武虎(たけとら)の視線がいつもどこか獣じみた執着を孕んでいることに気づいていた。
彼の妻の葬儀が終わったばかりの屋敷には、まだ弔いの空気が色濃く残る。
それでも雪乃は、武虎の視線から逃げるように庭園へ足を向けた。
そこにいるのは、小笠原和臣(かずおみ)。
小笠原武虎の嫡子、十七歳。
士官学校に通う若き華族でありながら、誰とも話さない。
話さないのではなく、話せないのだ。
言葉を失った青年として、士官学校でも家でも疎まれていた。
しかし、雪乃には彼が時折見せる表情の奥に、どうしても胸を締めつけられる既視感を覚えるのだった。
華族の屋敷が立ち並ぶ番町にある小笠原家の庭では、梅の花が風に揺れ、ほのかな香りを漂わせていた。
雪乃はその庭を静かに横切り、庭園へと向かっていた。
黒髪を簪でまとめた姿は儚げで、青緑色の瞳は光を含むと水面のように淡く揺らぐ。
没落した華族白川家の令嬢ーーだが、今はただの奉公人である。
家に残された借金を返すため、雪乃は小笠原家に身を置くしかなかった。
その美しさゆえ、小笠原家の主人である武虎(たけとら)の視線がいつもどこか獣じみた執着を孕んでいることに気づいていた。
彼の妻の葬儀が終わったばかりの屋敷には、まだ弔いの空気が色濃く残る。
それでも雪乃は、武虎の視線から逃げるように庭園へ足を向けた。
そこにいるのは、小笠原和臣(かずおみ)。
小笠原武虎の嫡子、十七歳。
士官学校に通う若き華族でありながら、誰とも話さない。
話さないのではなく、話せないのだ。
言葉を失った青年として、士官学校でも家でも疎まれていた。
しかし、雪乃には彼が時折見せる表情の奥に、どうしても胸を締めつけられる既視感を覚えるのだった。
