オクシモロンの恋

映画の撮影初日。今日は俺とミコトの二人がメインのシーンの撮影だった。俺たちは朝から撮影所に詰めていた。
ミコトは軍服に身を包み、髪の毛を撫で付け、まさに精悍な将校が完成されていた。俺はボンクラな弟役。正反対のボサボサの髪型に襦袢とズボンという出立ちだ。メイクも済ませ、ミコトと2人でスタジオ内の撮影セットに向かう。挨拶しながらスタッフさん達の間を抜け、監督の元へ行く。
「おはようございます。よろしくお願いします!」
監督はよろしくと言って俺たちの肩を優しく叩いてくれた。
今日の撮影はラスト近くのシーンで、兄弟の想いが交錯する重要な場面だった。撮影のセットは各シーンの撮影が終わると一旦バラされて別のシーンのセットが組まれたりする。そのため、撮影スケジュールはセット優先で組まれる。必ずしも台本の頭から順番通りに撮影する訳ではない事を知った。同じセットの別々のシーンを纏めて撮影し、最後に編集で組み替えるのだ。
まずはカメラワークとお芝居の動きの確認のため、演出の人に段取りを説明される。
古びた応接間のシーン。俺は重厚なソファに座り、その前にミコトが向かい合って立つ。顔を突き合わせ、お互いを見つめ合う場面があったが、普通に見つめ合ったところで、カメラのレンズを通すとその通りにはに映らず、目線が合ってないように映ってしまう。俺はミコトの耳の横の少し上あたりに掲げられたアシスタントディレクターさんの拳を見つめながら、台詞はミコト演じる兄に向けた演技をする。
段取りの確認が終わり、演出さんたちスタッフさんはセットから捌けて、俺とミコトの二人だけになる。カメラリハーサルを兼ねた、段取りが把握できているか確認のための本番さながらのお芝居演じる。何度か指導が入り、やり直しを繰り返された。
途中で、五分休憩が言い渡される。俺は水を飲みに監督の近くのテーブルに向かい、用意されていたペットボトルに口を付けた。
「何か悩み事かな?」
監督に声をかけられた。俺はドキっとして監督の顔を見返す事しか出来なかった。俺の感情など、監督はとうに見透かしているのだろう。特に何も聞かず、うんと一つ頷き、
「よし、撮ろう!」
と現場に声をかける。スタッフさん達が点呼のように、本番〜、本番始めまーすなど周りに呼びかけ始める。照明さんやマイクさん、複数のスタッフさん達が続々と定位置にスタンバイする。最後にカメラが俺たちを狙うようにスッとセットに寄った。その一連の動きは息ピッタリで、何か一つの生き物のように思わせた。俺はゆっくりとセットに戻り、ソファに座った。
「本番!」
監督が声を上げると「カメラ回りました」「録音回りました」と次々に担当が申告し、「よーい、アクション!」の掛け声とクラッパーボードの〝カチン〟という音が響き渡った。
ミコトが第一声を発した。
『私は明日出征する。お前には、千夜の事を託したい』
台詞を受け、段取りを頭の片隅でなぞりつつ、俺は弟役に没頭する。
『何を馬鹿な事ゆうとるんじゃ。そんな器用な事、儂にできるわけなかろうが』
台詞のかけ合いが続いていく。ミコトの悲しげな表情に俺は引き込まれていく。俺だけでなく、きっとこの場にいる全員…いや、スクリーンで目にする客みんな、このミコトの表情に引き込まれてしまうに違いない。
『お前の千夜への想いは知っている。お前なら千夜を必ず大事にしてくれるだろう』
その声音が余りにも切なくて、俺は一瞬狼狽えてしまった。まるで本当にミコトが何処か遠くへ消え去ってしまうような感覚に襲われる。
『い、いや、千夜さんを幸せにできるんは兄貴だけじゃろうが…!そんな言い方、まるで…』
必ず死に別れる事が決まったみたいじゃないか。俺はどうしても口にすることができなくなる。二の句が告げないでいると、突然、ミコトが俺の肩を押して、ソファの背もたれに俺の身体を押し付けた。肩に痛みが走る。
(…痛っ)
ミコトの顔が俺に近付く。真っ直ぐに俺を見詰めてくる視線に動けなくなる。
『お前の心が手に入らないのなら、いっそ…』
ミコトの両手が俺の首に回る。突然の事に、俺は反応できず固まってしまう。いや、ミコトの視線に抗えないのだ。
(台本と違う…)
それなのに、カットがかからない。ミコト動きが大胆になっていく。片膝をソファに乗り上げ、俺の上に覆い被さる。俺を逃すまいと全体重をかけてくる。ミコトの手に力が入る。いよいよ首が締め付けられ、呼吸がままならず、苦しさが増す。
グフっと息が漏れた。ほんの少しの息を継ぐのがやっとだ。
徐々にミコトの顔が接近してくる。いい匂いがする。この期に及んでそんな事が頭を過ぎる。
カメラはなおも回り続けている。お芝居を止めるわけにはいかない。
ミコトの顔は美しくもあり、恐ろしくもある。苦しいながらも、俺はミコトの視線に魅了されたかのように動けない。ミコトの眼を見詰めていると正気を保てない。段々と、このまま身を委ねても良いような気にさえなってくる。ミコトの魅了が現場全体に充満し、全員を操っているかのようだ。監督は未だカットをかけず、貪るように撮影を続けている。
狂っているのは、俺たちか。ミコトなのか。
ガンガンと頭の中に音が鳴り響き、視界が暗くなってきた。俺は耐えられなくなり、カメラの方へ首を傾けると瞼を閉じた。涙が一筋流れる。
「カーーーーーーーーーーーーーーーーーット!!!」
ようやく力強い〝ガチン!!〟とクラッパーボードが鳴らされ、ミコトの手から力が抜けた。一気に息を吹き返し、俺は咽せる。
「ご、ごめん蒼!僕、夢中でやりすぎたっ。大丈夫?」
俺の背中を慌てて摩り、呼吸を整えさせてくる。
(いや、そんな事よりも台詞もお芝居も全然違ってるし…)
そう思うものの、声が出せない。
息が整いつつあり、監督の方を見てみると、何故か両手で頭の上に大きな丸を作って、
「オッケー!!」
などと言っている。俺は何が何だか分からずミコトの方を見てみたが、なんの解決にもならなかった。
どっと疲れが襲ってきた。足が小刻みに震えて、立ち上がる事が出来ない。周りのスタッフさん達はバタバタと次の撮影シーンの準備に取り掛かり始めた。監督が冷たいスポーツドリンクを渡しながら、俺たちの隣に腰掛けた。
「今日はね、君の悩み事を抱えたその表情が、今回の役にピッタリだったよ。いい演技をしていた。元気いっぱいのままだったら、撮り直しになっていたかもねぇ」
監督は柔和な笑顔で続ける。
「私たちは、最終的に世に出された作品だけで評価される。成功した事だけが記憶に残る。それまでにどんなに努力した事も、苦しかった事も何もかも全部〝存在しない〟。それは失敗した事もだ。たくさん失敗しなさい。今だけだ。堂々とやらかせるのは。そしてその失敗さえも、君という人間を作る血肉となる。いっぱい悩み、たくさん経験を積みなさいね」


怒涛の1日が終わり、またもや深夜の帰宅となった。リビングに入ると、正宗がコーヒーを淹れているところだった。
「ただいま」
ミコトが正宗に声をかける。しかし、返事はない。
リビングにはTVが備え付けられてあり、その前のローテーブルには、今人気のミュージシャンやアイドル達のライブDVDが何枚も積み上げられている。
正宗と優星でライブ中のMCやパフォーマンスの勉強をしていたのだろう。
「勉強か?」
俺も声をかけてみたが、正宗はチラリとこちらを見ただけで何も答えなかった。
不意に研修生達との最後のたこ焼きパーティと、あの誹謗中傷の紙の映像が脳裏で交錯する。どんなに仲が良くなったとしても、俺たちはあくまで仕事仲間で、たまたま一緒に仕事をする事になっただけの関係だ。簡単に亀裂が入り、真の友情など生まれはしない。笑顔の裏でお互いにドス黒い嫉妬心を育てている。
「さすが正宗だね、用意周到だ。僕達にもよかったら今度見せてね。ライブの準備、遅れちゃってるから…」
ミコトは取り成したが、やはり正宗は答えない。どうしようもない黒い悲しみに胸が浸る。正宗でさえこうなってしまうのか。
「そういうのやめろよ」
俺は絞り出す様に言った。やっと振り返り、正宗は「…悪い」と一言だけ言って、そのまま自室へ入って行ってしまった。

連日の映画撮影は恙無く進んでいた。初日のような不思議なことは、あれ一回きりだった。そんなに何度もあってたまるものではなかったが。
撮影所のセットで待機していると、上條さん達がやってきた。
「うわ〜すげ〜、本物の家じゃん」
「あんまりはしゃぐなよ、恥ずかしいから」
上條さんに連れられた正宗と優星が映画撮影の見学にやってきていた。あれから俺は今のメンバーに必要なのは、時間の共有だと考え、上條さんに頼み込んで正宗達を撮影見学できるように日程調整してもらっていた。逆に俺とミコトも撮休の日には、なるべく正宗達に同行した。
正宗といえば、早速、撮影所の食堂で他の撮影チームと思しき人の目に留まったようで、上條さんが名刺交換を求められていた。
「え!ホントですか!やった〜!」
優星が助監督さんに台本を渡されながら、楽しそうに話している。今回の映画に、正宗と優星も一言だけ台詞を貰い、出演する話が持ち上がっていた。
俺は正宗と肩を組んで耳打ちする。
「これで、お前らもこっち側に来たからな。撮影の大変さを味わえ」
正宗の脇腹にグリグリと拳をめり込ませる。
「……本当に悪かったよ」
罰が悪そうに正宗が答える。
「でも、あんまり本気出すなよ。俺はすぐにお前に食われかねないから」
「ハハハ、確かに。正宗は努力の天才だから、あっという間に蒼を追い越しちゃうだろうね」
ミコトも加えて、元の和やかな関係が戻ってくる。俺は、絶対にこの関係を手放さない。そう心に固く誓った。


映画撮影に奔走する毎日を駆け抜けるといつの間にデビューライブ目前になっていた。レコーディングも全て万全に終え、衣装も無事に出来上がり、それぞれのメンバーカラーが決まる。
俺は青、ミコトは白、正宗は黒、優星は念願の赤だ。俺と正宗は名前で決められたんじゃね?と優星に散々弄りたおされた。俺たちも優星のバカ高いヒールのブーツを弄ったが、優星はどこ吹く風で、寧ろそんな特殊なブーツであるにもかかわらず、あの激しいダンスを華麗に踊り切り、俺たちは逆に舌を巻く羽目になった。
デビューライブの2日前となり、都内のイベント会場へ向かう。当初決まっていた施設よりも一回り小さい会場だったが、設備は最新のものが揃っていて照明や音響はかなり期待できるものだった。
早速衣装をつけた状態でのリハーサルに入る。衣装はロングコートにファーがあつらえられたもので、動き易いようなるべく軽い素材で構成されていたが、やはりターンや大きい動きをすると空気抵抗を感じる。しかしそこもダンスレッスンの時に対策済みだ。
照明や歌に合わせて立ち位置の確認に入る。今までの室内と勝手が違い、大きなステージ上での動きになるので、その分、フォーメーションチェンジの際、移動の歩幅が変わってくる。俺たちはステージディレクターの人と相談しながら、動きの修正を繰り返す。
しかしここにきて、俺たちはまさかの〝歌〟で苦戦する事になる。
ステージ前方の両端に設置されている大きなスピーカーから、大音量で曲が流れる。音の濁流がビリビリと空気を揺るがす。まるで嵐の中にいるみたいだ。
手持ちマイクに向かって歌うが、自分の発した声が周りの大音響にいとも簡単に掻き消される。だから自然と声を張って歌ってしまう。普段とは違う歌い方になってしまっている。意識して、いつも通りの声量・表現で歌うように努める。インイヤーモニターから返って来る自分の声を、爆音の渦中で聴き逃さないよう集中する。
もう一つの問題は〝音の遅延現象〟だ。当たり前だが、音は発せられた地点から空気の振動が連鎖的に伝わって空間を広がっていくものである。空間が広ければ広いほど、音の発生箇所からの位置によって、音をキャッチして認識する時間がずれてくる。
カラオケや小規模な空間で歌う事を想像するとわかりやすい。大体は歌い手に向かってスピーカーが向いているし、スピーカーと人間との距離が近いため、音の認識にずれがない。あっても誤差程度だ。
しかしこういったステージでは、自分達より前にスピーカーが、それも客席に向かって音を発するように設計されている。スピーカーから発せられた音は客席の方へ向かいつつ、後ろの俺たちの方向へ向かってくる。つまり、インイヤーモニターから流れてくる音源に合わせて歌った自分の声は、眼前のスピーカーから客席に向かって放たれた後、こちらへ戻ってくる。自分に到達する頃には微妙にタイミングがずれて到達するのだ。
常に二重の音楽の中で、惑わされる事なく歌い続ける必要があった。これはもう、何度も繰り返し身体に覚え込ませて、慣れるしか無い。自分の声が聞こえなくても、正確なピッチを保ち、歌えるのが本当のプロなのだろう。
1時間もすると、優星が咳をし始めた。
「あれ、やばいかも…」
喉を痛めたらしい。
「声を張りすぎだ」
「でも、わかるよ、勝手が違いすぎる」
「そんな無理しなくても。素直に収録した歌流そうよ」
居灘さんがステージ袖から出てきてそう言った。今日は上條さんは不在で、居灘さんが代わりに付いてくれていた。
「取り敢えずダンスだけ完璧にしとこう。もう一回頭から踊って、歌わなくて良いから」
ステージディレクターでも無いのにそんなことを言い始める。
曲が流され、ダンスを再開する。目の前で舌打ちしている居灘さんが見えた。下手くそと言っているのがわかる。
(音聞こえなくても口の動きでわかるわ)
曲が終わった後も、優星は盛大に咳をし始めた。喉がガラガラになっている。
「それでもプロかよ」
吐き捨てるように居灘が言った。
「まあ、最悪声が出なくなっても当日、声帯注射って手もある。強制的に数時間だけ声出せるから。ライブ直前に射ちゃいいだろ」
気丈な優星が少し怯えたような表情になった。
「いちいちそんなことでビビるな。スポーツみたいな真剣勝負じゃないんだから、歌をガチンコでやる必要はない。いいか、これはショービジネスだ。ライブさえ無事に乗り切ればなんだっていいんだよ。そんな事より、観客を沸かす派手なパフォーマンスを頑張ってくれよ」
俺は、優星を庇うように居灘の前に一歩出た。
「安心してください。俺らはちゃんとやり遂げられます。少し、休憩しよう。それで落ち着くかもしれないし」
俺がそう言うと、ミコトが優星の肩を抱いて控室へ連れて行く。俺もその後に続いた。

控室に着くと衣装を外し、優星を椅子に座らせた。ミコトは何やら念じるように優星の喉の辺りに手を置いている。
「それ…」
何をしてるんだと聞く前に、ミコトが控室に置いてあった自分のバッグを指差す。
「確か、のど飴を持ってきていたはずだから、優星にあげて?」
ミコトに言われるままバッグを探ると、確かにのど飴が出てきた。包装を解いて優星の口に押し込む。
「ありがとう」
「ちょっと今日は張り切り過ぎただけだ。ちゃんと休めばまた調子は戻る」
「うん。そうだね」
どうか、俺たちみんな万全で本番を迎えられますように。俺は心の中でそう祈った。



デビューライブ本番当日。会場には観客が詰め込まれていた。某TV番組のスペシャルイベントだとしか知らされていないお客様達だ。
まずは映画の制作発表から始まる。ステージ上のスクリーン一杯に「速報!」の文字が投影され、続いて作品のタイトルと「今冬、映画化決定!」と表示が切り替わり、客席がざわつく。BGMには映画の主題歌の空オーケストラが俺たちの歌無しで流れている。司会の人の解説が始まった。その様子を舞台袖のモニターで俺たちは確認する。
「いよいよだな」
俺とミコト、正宗、優星で目線を交わし、強く頷きあう。
「よし、気合い入れるぞ!」
正宗はそう言うとサブメンバーの槇達も巻き込み、円陣を組む。掛け声を発すると身体の内側から活力が漲ってきた。離れる時、槇は俺に向かって親指を立て、同期として健闘を祈ってくれた。俺も笑顔で応える。
ステージでは、司会の人の説明が終盤に差し掛かっていた。
『何とここで、重大発表があります!この観客席にいる人だけが、生で、この軌跡を目撃できるのです!』
司会の人の煽りが入り、会場の照明が一気に落ちる。暗闇と一瞬の静寂が訪れる。
ステージ後方から強いスポットライトの光が天井に向かって照射され、同時に花火が打ち上がる。ステージ前方に立つ、俺たちのシルエットが浮かび上がった。
華々しく曲が流れ始める。複数のスポットライトが一人一人メンバーを照らし出し、ステージ上のスクリーンには大きく顔が映し出される。観客がどよめき、ライブが始まった。まずはデビュー曲からだ。
俺たちが持てる精一杯の輝きを最大限にぶつける。
曲の盛り上がりに合わせて、観客席からも徐々に盛り上がりの反応が返ってくる。
俺は嬉しくなって、更にパフォーマンスに磨きがかかる。息をするくらい自然にメンバー同士の動きが手に取るようにわかる。あのシンクする感覚がまた降りてきた。
曲の1番が終わり、2番に差し掛かろうとした時だった。
〝ブツン〟と俺の手に持ったマイクから、嫌な音がした。
俺のマイクが突然、音が入らなくなったのだ。俺は笑顔は絶やさない。何事も無かったように歌い続ける。しかし、俺の歌声はインイヤーモニターから全く返ってこない。
絶体絶命かと思ったその時、目の前に手が伸びてきて、別のマイクが俺の口元に充てがわれた。それはミコトだった。俺の頬にミコトの顔が近付いてくる。2人頬を寄せて、一つのマイクで歌う格好となる。客席からより一層大きな歓声が上がった。
ミコトの歌声は甘い香りと共に俺の唇をなぞり、歯先をかすめ、マイクの中へ消えていった。
ミコトの熱が伝わってくる。それも灼熱のようなものではなく、柔らかい暖かな光のようだった。

こいつは輝きそのものだと思った。

デビュー曲を無事に歌いきり、司会の人が再登場し、俺たちを紹介してくれる。一人一人自己紹介をし、正宗が俺たちアイドルグループの解説をする。その間に、スタッフさんが別の正常なマイクを交換してくれた。
続いて、映画の主題歌の披露が始まった。打って変わってしっとりとしたバラードだ。
観客席は曲に合わせてペンライトを振ってくれている。
俺たちのデビューライブは成功のうちに幕を閉じた。

デビューライブ翌日。ネットニュースでは、俺たちのデビュー曲のマイク事故の話題で持ちきりだった。
映画発表から俺たちのステージが終わるまでの間はTVでも生中継されていたのだ。
〝機転を効かせたマイクパフォーマンス〟〝これから期待のアイドル〟などのワードに天狗になりそうになる。
しかしまだ映画の撮影は終わっていない。俺たちはライブの感想を言い合う暇もなく、それぞれのスケジュールにもどる。俺は慌ただしく撮影所に向かう。正宗とミコトは朝の情報番組への出演、映画の告知などいくつかのTV番組を回ることになっていた。
映画のクランクアップが近づく頃には、ミコトと別行動になる日も増えてきた。ミコトにはドラマのオーディションやCMのオファーが殺到しているようだった。まあ、あの美貌なら無理からぬ事だと俺は思った。
相変わらず慌ただしい日々が続いた8月のある夜、俺は珍しく早めに帰宅でき、正宗と優星と一緒に夕食を取る事になった。本当なら今日がデビューライブ開催の日だった。何だか感慨深いなと言い合った。
「ねえ、見て見て見て見て!早く来て!」
リビングのTVの前で優星が呼んでいる。俺たちの最終オーディションの日のドキュメンタリー番組の放送が始まったようだ。なんだか、もう何年も前のことのように思われる。
番組は明るく爽やかなナレーションやテロップで修飾され、楽しげな雰囲気に仕上げられている。冒頭で、あの全員ダンスの〝良いとこだけ〟が編集されて流され、次のコーナーでは研修生達が順番に抱負を述べていく場面が流れた。なんと、佐伯は後日別撮りでもしたのだろうか、元気溌剌桃色の笑顔で受け答えしている映像が流れた。
「これが大人のやり方か…」
正宗も絶句している。
「…でも、良いじゃん。佐伯だけ外されたらさ、可哀想じゃんね」
そう言って、優星は楽しそうに番組を観ている。その様子を見て俺と正宗はお互いに笑い合う。
その時だった。画面の上部に速報のニューステロップが入る。突発的な悪天候の影響で某イベント会場で大規模な漏水が発生し、予定していたサミットが急遽延期、日程調整が進められている事を知らせるものだった。
その会場はサミットがなければ、当初俺たちのデビューライブが行われる場所と日時だった。俺たちは眼を見開いてお互い顔を見合わせる。危うく、俺たちもデビュー延期になるところだったかもしれない。何かに導かれていると思わずにはいられなかった。

明日はいよい映画のクランクアップの日だった。俺はいつにもなく緊張していた。眠れなくて俺は何度もリビングと自室を行ったり来たりする。
それに気付いたのか、正宗がやってきた。
「眠れないのか」
ああ、と返すと正宗はホットミルクにハチミツを足して出してくれた。
「俺はさ、年齢の割に出演作見なくてさ」
正宗が話し出す。
「蒼はバーターとは言え、今回の映画で2俳優の仕事は作目だろ。凄いよ。何も持ってない奴が、まぐれで二度なんてないから」
少し嫉妬してたんだと心の内を吐露してくれた。
「お前にはさ、何かついてると思うんだ。守り神的な奴。一緒にいて、何度か奇跡を見せてもらったような気がする」
確かに、危うい場面が何度かあった。しかし、結局流れに乗って今ここまで辿り着けている。正宗の言葉に励まされた。
「だからさ、お前は大丈夫。胸張ってやってこい!」
バンと背中を叩かれる。そして例の神妙な表情になり、
「…それとも、お兄ちゃんに引率について欲しいのかな?」
「誰がお兄ちゃんだ!」
ワハハと笑って小突き合う。その時、一筋の冷たい風がリビングの入り口の方から首元を掠めたような気がした。驚いてそちらを振り向く。扉の隙間から視線を感じる。曇りガラスの向こうに黒髪の長身の人影がいるように思えた。
「どうした?」
正宗に呼び止められて、ハッとし、もう一度扉の方を見た時にはもう気配は消えていた。


翌日、映画も無事クランクアップできた。