オクシモロンの恋

俺らのグループは3人のメンバーとなった。お互いに面識はなく、どちらも今日初めて会話をする研修生だ。

1人はミコト。俺と同じ俳優志望とのことだった。確かにこんなに人目をひく顔が画面にドアップで映し出されたら、すぐにでも人気者になるだろうなと思った。

もう1人は俺より一つ歳上の落ち着いた雰囲気の黒衛正宗《くろえ まさむね》。本人曰くモデル志望で、背も高く、細すぎずがっしりした体躯はこれまた人目をひきそうだ。歌やダンスはこれから頑張るので、足を引っ張らないようにすると意気込んでいたが、俺もそんなに変わらないよと返した。

槇は別の4人グループに編成されていて、事務所内でもダンスがめちゃくちゃにうまいと評判の西園寺と佐伯と一緒のようだ。ダンス売りで攻める作戦なのか…?

一通り、グループの発表と自己紹介を終えた後、先程とは別の契約書の取り交わしが順番に行われる。一人一人呼び出され、山本さんが今後の生活やどこまで事務所が経費を賄うか、丁寧に説明してくれる。先に終わった研修生たちも解散がかかるまでその場で待機させられる事になった。
結構、始めの方に説明を終えた俺たちは、またもや手持ち無沙汰となったため、ストレッチでもしながら自己紹介がてらに他愛無い話をしようという事になった。

「今時のアイドルグループにしては、4人組って珍しいな。最近なら5人〜8人くらいの編成が主流だろう。人気を狙うならいろんなタイプのメンバーがいて数が多い方がファン層の裾野も広がるし」
オレ、そう言う売り方とかイメージ作りの演出方法とか考察するのが好きなんだ、と正宗は言った。
「しかも4って…あんまりいい数字じゃないしな。どっちかっていうと不吉なイメージあるし」
「確かにな」
「僕は…4って数字、好きだよ」
そう言ったミコトに、俺たちは先を促す視線を向ける。
「不吉とか、死を連想させるとか、人間が作ったルールでの語呂合わせに過ぎないのに、昔からずーっとその汚名を着せられて…でもそれでも真っ直ぐ立って存在しているのって、なんか、かっこいいなって」
いい男がちょっとはにかむ。そんなミコトの考え方がいいなと俺は思った。
「そうだな。いいなそれ。俺達が真っ直ぐ立って4のイメージぶっ壊そうな!」
「お、もう受かる気満々じゃん」
「当たり前だろ。正宗くんもそうだろ」
「はは、そうだな。あ、呼び捨てでいいよ」
俺たちの最初の決め事はお互いに名前呼びする事。なかなかいい仲間に恵まれたんじゃ無いだろうか。




昼過ぎ、説明会が終わり一旦解散した研修生達は各々のペースでマンションへの転居を開始する。
俺は早速バイト先に来月からの長期休暇の断りを入れ、ある程度の生活必需品をまとめて、陽が翳り始める頃にはマンションに戻ってきていた。
マンションにはある程度の家具も備え付けられていて、すぐにでも生活できそうだった。俺とミコトは実家組なので移住のハードルは低かったが、正宗は一人暮らしなので家賃のために5月のオーディションまではバイトを続けるらしい。
夕飯だけだが、事務所がデリバリーを用意してくれるのは地味にありがたかった。デビュー組4人には正式に生活費などとして報酬が出ることになっているが、その前までは当たり前に自腹だ。生活費の工面が頭の隅にこびりつきながら、デビューのために全力投球しなければ。なかなかシンドイ。
俺はちょこちょこ入っていたCMのエキストラなどの報酬とアルバイト代を貯金していた。実家ならではの特権だ。貯金額と睨めっこしながら、日用品の買い出しをメモしていると、俺の部屋にミコトが顔を出した。
「地下のレッスンスタジオ、空いている時間は自由に使っていいんだって。筋トレとか、発声とか…一緒に行かない?」
明日の昼から早速、自己紹介メソッドや基礎トレーニングが始まる。今日の夜と明日の午前中はレッスンスタジオは空き時間となっていた。
「いいね、いこいこ」
「正宗は?」
「ん、なんかバイト?とか言ってたな。2〜3日は自宅から通うって」
「ふーん」
俺は動きやすいスウェットに着替えてミコトと地下へ向かった。

レッスンスタジオにはすでに10人ほど先客がいた。その中に槇を見つけ、手を上げて挨拶する。以前、研修生用のレッスンで覚えたダンスの振り返りをしていたり、腕立てや筋トレしていたり…思い思いの事前準備をしているようだ。

〝シャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー〟

誰かがふざけて、鏡を覆っていたカーテンを全開にした。
「おおおお、すげ〜」
出入り口付近を除き、床からほぼ天井までレッスンスタジオの壁には4面とも鏡が張り巡らされていた。合わせ鏡の現象で無限に広がる空間に迷い込んだ錯覚におちいる。磨き上げられた床の反射も相まって、じっと見ていると平衡感覚がなくなる。ふわふわとして心許ない。
「うひ〜酔いそ〜」
「夢の国のアトラクションかな?」
「おい閉めろ閉めろ」
和気藹々と研修生たちから野次が飛ぶ。悪戯者が、ふひひサーセンと言いながらカーテンを戻していく。

「あれ?なんか、ここだけ鏡がずれてないか?」
槇のグループの1人、佐伯が声を上げる。スタジオの一番奥、角に貼られた幅1mほどの鏡1枚だけが確かに少し傾いている。
「おい壊すなよ〜」
「違う違う」
「1番奥で目立たないからわざわざ修理してないだけだろ」
佐伯が鏡に近づく。
「あれ、これガタついてないか?」
佐伯は鏡に手をかけて少し揺らし始めた。
「おいやめとけよ。割れたら怪我するぞ」
同じグループの西園寺が止めに入る。
「あ、嘘、開いた…」
かくして扉のように鏡が開いた。
おおおおおお…と亡者の唸り声のような不吉な音が聞こえて来る。違う違う、きっとこれはビル風や道路の音が地下を伝って響いているだけだ。
「なんだよ。これ…」
鏡の裏側だったところには断熱材もなく、クローゼットのようなスペースがあった。その中に、見慣れないものが鎮座している。

黒い30cmほどの高さの古びた〝祠〟だった。

この場にあまりにも似つかわしくない異様な光景だった。ナニか目に見えないものが、カビ臭い生温い空気と共にゆっくりと這い出してくる……鼻腔を通り抜け、脳幹の裏側に触れられたかのように悪寒が走る。佐伯の少し後ろから祠を見ている俺にもそう感じられた。
「なんだ、これ!」
佐伯が叫ぶ。その声に反応して他の研修生達もどやどやと集まってきた。
「ほ、祠〜!?」
「なんでそんなものが?」
「触んなよ、祟られるぞ…!」
「やめろよ!」
みんな軽くパニックになる。その時、
「な〜にやってんだ、よっ!」
新しくやってきた他の研修生がふざけて後ろから団子状になっている一団に飛びついた。その拍子に、1番前列にいた佐伯が数人に押され、前のめりになって…祠に手をついた。
ガタタ!と音を立てて祠の屋根が落ちる。
「あっ!」
屋根が、少し欠けてしまっていた。
「あああああ…」
佐伯は恐れ慄き、その場に尻餅をつく。
「大丈夫か!?」
「ばか!もどせもどせ!」
槇と西園寺が佐伯を介抱しゆっくりと後ろに下がらせる。みんな、足をもつれさせながら、祠から距離を取る。
「大丈夫。大丈夫だよ、こんなの大したことない」
ミコトがみんなの前に出た。祠の位置を戻し、しっかりと鏡を閉じた。ギギギ、パタンと禍々しい音が耳の奥に残った。

しばらくの間、研修生達は放心状態になり、静寂が続いた。
「な、なんなんだよここ…」
誰かがポツリと言った。
「てか。神棚ならわかるけど。祠って…」
確かに。本社の事務所で見かけた神棚は天井近くに祀られ、酉の市のでっかい熊手なんかも飾ってあったりして、どちらかというと派手で賑やかな印象だ。
しかし、この祠は違った。何者をも拒絶するかのように、薄暗い鏡の裏で息を顰めている。一体、何のために…?
「大体、改装する前、ここはなんだったんだよ!?普通のマンションをリノベしたんだろ?普通のマンションには普通、地下室なんてないだろ!普通!」
「普通普通うるせーよ!」
動揺が広がる。もう自主稽古どころの話ではない。なんとかしないと…。俺はみんなを見渡して言った。
「みんな、一旦落ち着こう。みんな気を張り詰めすぎだ。明日からもたないぞ。そうだ、少し休憩しよう。コンビニでアイスでも買ってきて、みんなでプレゼンしあおうぜ。息抜きだ息抜き!」
努めて明るく振る舞う。ミコトも続けてくれた。
「それいいね!新作のアイスあるかも」

「自分、めっちゃ声いいな。説得力あるなぁ」
1人の研修生が俺に向かって話しかけてきた。うん、声がいいなど他の研修生達も次々に言い出した。

少し空気が変わった。よかったとほっとする。ミコトが俺の方を見てニヤニヤと笑っていた。
「ま、こーゆうことも…ある、か…」
「ちょっと珍しいけど…」
「和泉の言う通り、ちょっと休憩にしよーぜ」

座り込んでいた佐伯がゆっくりとと立ち上がりボソッとつぶやく。
「おれ、パピッコがいい」
「あ、じゃ半分くれ」
「なんでじゃ、両方おれのじゃ」
佐伯と西園寺が戯れる。もう大丈夫そうだな。俺は少し安心した。
「近くにコンビニあったっけ?」
みんな意識を無理やりその場から引き剥がすように、ゆっくりと移動を開始した。


翌日。例の鏡のところにはしっかりとカーテンが引かれ、養生テープで目張りされていた。誰かが事務所の人に報告したのだろう。カーテンの上から〝解放禁止〟の貼り紙が貼られていた。

でも、中身は?

あの祠は撤去されたのだろうか。それとも…

(いや、今は集中しないと)

こうして幕を開けた。