ぼくらの恋には込み入った事情が。

 書店のバイトを終えるとすぐに徒歩で隣の駅まで移動し、仕出し弁当の仕込みのバイト。弁当店に併設された工場で大型受注の弁当を詰める。翌朝の大型注文の対応で手が足りないようで、給料はいらないから手伝わせてほしいと申し出ると大歓迎された。
 大きな台を6人で取り囲み、流れ作業で容器におかずを詰めていく。単純な作業なだけに、何時間も続けていると眠気が襲ってくる。睡魔を追いやるように、おれは漆原に話しかけた。ほとんどは小説のこと。あのカップルは最後にどうなるか、あの台詞の意図はなんだったか。趣味と実益を兼ねた執筆活動についてバイト先でも内密にしているようで、漆原は周囲の目と耳を気にしていたが、ほぼ全員が耳にイヤホンを嵌めていたし、直接的な内容は避けていた。
「こういうの困る」
 休憩室のベンチに座って、持参した水筒の水を飲みながら、漆原が顔をしかめた。
「こういうのって」
「ひっそりやってることなのに、堂々と話したりして……」
「あ、そっちか」
 自動販売機で缶コーヒーを買いながら、いった。
「ついてきたこといってんのかと思った」
「……そっちも困るけど」
 向かい合ったベンチに座り、缶コーヒーをひと口飲んで、息をつく。
「バイトってはじめてだけど、意外と楽しいな」
「風祭はバイトじゃないだろ。無償でやってんだから」
「それもそうか」
 真面目に考えこむと、漆原は小さく笑った。横顔は水筒の陰になってよく見えなかったが、たしかに笑った。
 無意識に身を乗り出すと、向かい側の漆原が身を固くする。
「なに?」
「え、いや……よく見えなくて」
「なにが?」
「なにが……」
 数時間前のやりとりをもう一度繰り返す。
「なんだっけ……」
 おれはなにを見ようとしているのか。漆原となにを話したいのか、自分でもまるでわからなかった。