ぼくらの恋には込み入った事情が。

「なにしにきたの?」
 漆原の反応は想像を上回るものだった。レジの向こう側で、心底うんざりしたような顔をしている。
「本買いにきたんだよ」
「嘘でしょ」
 もちろん嘘だった。書店にきたことは数えるほどしかない。参考書や漫画はネットで買っていたし、そのほかの書籍には関心がなかった。
「用事ないなら帰ってよ」
 漆原はおれから視線をはずし、客のすくない店内を見渡しながら新書の整理をはじめる。
「用はあるよ」
「なに」
「……漆原と話したいと思って」
 漆原がゆっくり顔を上げ、おれを見る。
「なんで?」
「なんで?」
 答えようと言葉を探し、見つからないことに気づいた。
「なんでだろ……」
 腕を組み、悩んでいるおれを見て、漆原が呆れたように首を振る。本を抱えてレジを出る漆原の後を追った。
「あのさ、このあとどっか行かねえ? ちょっとでいいから」
「無理。深夜バイトある」
「じゃそれ終わってからでいいよ」
「何時になると思ってんの」
「何時でもいいよ」
「そうじゃなくて」
 漆原が突然振り返り、顔同士が衝突しそうになる。心臓が跳ね上がった。
「風祭がよくてもぼくがだめなんだよ。ぼくの疲労とか睡眠時間とか全然考えてないだろ」
 なにひとつ言葉を返せなかった。実際、頭になかった。あまりに自己中心的だ。舌打ちをこらえた。
「ごめん……」
「いいよ、もう」
 漆原は抑揚を欠いた声でいって、棚の前に立ち、本を並べはじめた。
「手伝うよ」
「いい。さわらないで。新書なんだから」
 慣れた手つきで陳列していく漆原の横で、おれは手持無沙汰に突っ立っていた。
「じゃ、弁当屋を手伝うから」
「はあ?」
 本を持った漆原が間の抜けた顔で振り向いた。