カラオケボックスの奥にあるスタッフルームに連れて行かれ、事情を聞かれた。
漆原の様子を見て、店主はいじめや強姦未遂を疑ったようだが、漆原が否定したことで、警察に通報されることはどうにか免れた。しかし、高校生であったことから、親への連絡は避けられなかった。漆原は18歳を越えていたが、おれは入店した時点ではまだ未成年で、年齢を詐称して深夜に入店したことを責められることになった。酒も飲んでいなければ煙草も薬物もやっていない。家族に告げ口するのはやりすぎだと抗議したが、聞き入れられなかった。
すぐに漆原の父親が飛んできて、漆原を連れ帰った。父親は漁師らしく屈強な体つきで顎髭をたくわえていた。漆原は母親似なのかもしれないと一瞬思ったが、直後におれの親も迎えにきて、そんな呑気なことを考えていられないほど厳しく叱責された。ふだんは温厚な父が激怒している姿に驚いた。受験を間近に控えて深夜に徘徊していたのだから、怒るのも無理はない。クリスマスディナーを楽しんでいる最中に呼び出された母親も涙ぐんでいた。母の涙を見るのははじめてで、さすがに胸が痛んだ。
漆原とは言葉を交わすことができないまま、おれたちは引き離されてしまった。最後に見た漆原は、父親に腕をつかまれて引き摺られるようにスタッフルームを出ていくところだった。振り向いて、部屋の奥で椅子に座らされているおれを見た。なにかいいたげに口をひらきかけたが、父親の剣幕に圧倒されて口を噤んだ。
もう二度と漆原を傷つけないと決意したのにもかかわらず、おれの身勝手な行動でまた漆原を泣かせてしまった。漆原だけではない。漆原の家族にもおれの家族にも迷惑をかけた。相談に乗ってくれていたアメリカの兄には今日の結果を報告することになっていたが、なんといえばいいかわからない。姉も呆れるだろう。
なにより、これまでのように漆原と会えなくなる可能性を考えると恐ろしかった。ただでさえ残り時間はすくない。
しかし、このときのおれは「残り時間がすくない」としか認識していなかった。翌日から会えなくなるとは、想像さえしていなかった。
翌日、登校すると、前夜におれたちの親がカラオケボックスに呼び出されたことがクラス中に知られていた。店にいた同級生が騒ぎに気づいておれたちを見ていたのだろう。話はほかのクラスにも拡がっていた。
よけいな野次馬根性を発揮したやつのおかげで、朝から揶揄われることになった。クリスマスイブの夜にふたりでカラオケボックスにいたことを勘ぐるような声もあった。鬱陶しい噂は無視していればいいが、漆原のことが気になった。最初の授業が終わってすぐに教室に行ったが、漆原は欠席していた。昨日の様子では無理もない。おれの両親の怒りもそうとうなものだったが、漆原の父はそれ以上だった。
授業が終わるまで待てず、昼休みの前に学校を出て、漆原の家に向かった。アパートのドアをノックしたが、留守のようだった。
LINEは前日の夕方に待ち合わせの時間を確認して以降、何度メッセージを送っても既読がつかなかった。電話しても無機質な呼び出し音が流れるだけだった。
父親にスマホを没収されているのかもしれないし、おれのことを怒っているのかもしれない。嫌われてしまったのかと思うと、足元が揺れるようだった。
しばらくアパートの前で待って、バイト先の書店や弁当屋にも足をはこんだが、漆原には会えなかった。
翌日も、そのつぎの日も、漆原は学校を休んだ。バイト先にも姿を見せず、自宅にもいない。父親や弟たちの姿もなく、電気料金の請求書が郵便受けに乱雑に圧しこまれていた。
さすがに不安に襲われ、漆原のクラスの担任に尋ねたが、しばらく病欠するという連絡があったこと以外なにも知らなかった。受験シーズンの公立高校教諭は多忙で、進学意思のない生徒の出席状況に気をくばる余裕はないのかもしれない。
学校の連中にも、漆原の連続欠席を気にかけている者はなかった。クリスマスイブの一件以来、高校生の溜まり場になっていたカラオケボックスでの年齢確認が厳重になっていて、おれたちのせいだと露骨に文句をいってくる奴もいた。漆原がいないことでおれひとりが集中砲火を浴びていたが、漆原が出席していれば、揶揄や罵倒は比ではなかっただろう。十代の関心は継続しない。はじめのうちは理不尽に責められ肩身の狭い思いをする羽目になったが、すぐにまたもとの生活にもどっていった。同級生に奇妙な目で見られようがあらぬ疑いをかけられようが、おれにはどうでもよかった。漆原のことが気になって、いちいち相手にしている余裕はなかった。
バイト先の書店と弁当屋は担任教師ほど他人ごとといった態度ではなかった。何度か顔を見せたおれのことをおぼえていて、状況を詳しく教えてくれた。漆原本人から連絡があり、3月末まで勤務する予定だったが、急な事情で早く出発することになったということだった。翌日から出勤しなくなり、書店の店長や弁当店のオーナーも心配していた。それぞれのバイト先での漆原の真面目な働きぶりが想像できた。
おれは漆原のアパートの前に立ち竦み、日に日に増大して郵便受けからはちきれそうになっている請求書やチラシの束を呆然と眺めていた。
漆原と離れなければならない日がいつかくるかもしれないと覚悟していた。しかし、今ではない。こんな別れかたは想像したこともなかった。
まるではじめから存在していなかったかのように、漆原はおれの前から姿を消した。
漆原の様子を見て、店主はいじめや強姦未遂を疑ったようだが、漆原が否定したことで、警察に通報されることはどうにか免れた。しかし、高校生であったことから、親への連絡は避けられなかった。漆原は18歳を越えていたが、おれは入店した時点ではまだ未成年で、年齢を詐称して深夜に入店したことを責められることになった。酒も飲んでいなければ煙草も薬物もやっていない。家族に告げ口するのはやりすぎだと抗議したが、聞き入れられなかった。
すぐに漆原の父親が飛んできて、漆原を連れ帰った。父親は漁師らしく屈強な体つきで顎髭をたくわえていた。漆原は母親似なのかもしれないと一瞬思ったが、直後におれの親も迎えにきて、そんな呑気なことを考えていられないほど厳しく叱責された。ふだんは温厚な父が激怒している姿に驚いた。受験を間近に控えて深夜に徘徊していたのだから、怒るのも無理はない。クリスマスディナーを楽しんでいる最中に呼び出された母親も涙ぐんでいた。母の涙を見るのははじめてで、さすがに胸が痛んだ。
漆原とは言葉を交わすことができないまま、おれたちは引き離されてしまった。最後に見た漆原は、父親に腕をつかまれて引き摺られるようにスタッフルームを出ていくところだった。振り向いて、部屋の奥で椅子に座らされているおれを見た。なにかいいたげに口をひらきかけたが、父親の剣幕に圧倒されて口を噤んだ。
もう二度と漆原を傷つけないと決意したのにもかかわらず、おれの身勝手な行動でまた漆原を泣かせてしまった。漆原だけではない。漆原の家族にもおれの家族にも迷惑をかけた。相談に乗ってくれていたアメリカの兄には今日の結果を報告することになっていたが、なんといえばいいかわからない。姉も呆れるだろう。
なにより、これまでのように漆原と会えなくなる可能性を考えると恐ろしかった。ただでさえ残り時間はすくない。
しかし、このときのおれは「残り時間がすくない」としか認識していなかった。翌日から会えなくなるとは、想像さえしていなかった。
翌日、登校すると、前夜におれたちの親がカラオケボックスに呼び出されたことがクラス中に知られていた。店にいた同級生が騒ぎに気づいておれたちを見ていたのだろう。話はほかのクラスにも拡がっていた。
よけいな野次馬根性を発揮したやつのおかげで、朝から揶揄われることになった。クリスマスイブの夜にふたりでカラオケボックスにいたことを勘ぐるような声もあった。鬱陶しい噂は無視していればいいが、漆原のことが気になった。最初の授業が終わってすぐに教室に行ったが、漆原は欠席していた。昨日の様子では無理もない。おれの両親の怒りもそうとうなものだったが、漆原の父はそれ以上だった。
授業が終わるまで待てず、昼休みの前に学校を出て、漆原の家に向かった。アパートのドアをノックしたが、留守のようだった。
LINEは前日の夕方に待ち合わせの時間を確認して以降、何度メッセージを送っても既読がつかなかった。電話しても無機質な呼び出し音が流れるだけだった。
父親にスマホを没収されているのかもしれないし、おれのことを怒っているのかもしれない。嫌われてしまったのかと思うと、足元が揺れるようだった。
しばらくアパートの前で待って、バイト先の書店や弁当屋にも足をはこんだが、漆原には会えなかった。
翌日も、そのつぎの日も、漆原は学校を休んだ。バイト先にも姿を見せず、自宅にもいない。父親や弟たちの姿もなく、電気料金の請求書が郵便受けに乱雑に圧しこまれていた。
さすがに不安に襲われ、漆原のクラスの担任に尋ねたが、しばらく病欠するという連絡があったこと以外なにも知らなかった。受験シーズンの公立高校教諭は多忙で、進学意思のない生徒の出席状況に気をくばる余裕はないのかもしれない。
学校の連中にも、漆原の連続欠席を気にかけている者はなかった。クリスマスイブの一件以来、高校生の溜まり場になっていたカラオケボックスでの年齢確認が厳重になっていて、おれたちのせいだと露骨に文句をいってくる奴もいた。漆原がいないことでおれひとりが集中砲火を浴びていたが、漆原が出席していれば、揶揄や罵倒は比ではなかっただろう。十代の関心は継続しない。はじめのうちは理不尽に責められ肩身の狭い思いをする羽目になったが、すぐにまたもとの生活にもどっていった。同級生に奇妙な目で見られようがあらぬ疑いをかけられようが、おれにはどうでもよかった。漆原のことが気になって、いちいち相手にしている余裕はなかった。
バイト先の書店と弁当屋は担任教師ほど他人ごとといった態度ではなかった。何度か顔を見せたおれのことをおぼえていて、状況を詳しく教えてくれた。漆原本人から連絡があり、3月末まで勤務する予定だったが、急な事情で早く出発することになったということだった。翌日から出勤しなくなり、書店の店長や弁当店のオーナーも心配していた。それぞれのバイト先での漆原の真面目な働きぶりが想像できた。
おれは漆原のアパートの前に立ち竦み、日に日に増大して郵便受けからはちきれそうになっている請求書やチラシの束を呆然と眺めていた。
漆原と離れなければならない日がいつかくるかもしれないと覚悟していた。しかし、今ではない。こんな別れかたは想像したこともなかった。
まるではじめから存在していなかったかのように、漆原はおれの前から姿を消した。



