ぼくらの恋には込み入った事情が。

 ファストフード店やファミレスが満席なのは都心も田舎もおなじだった。高校生の身ではレストランや居酒屋にも入れない。商店街付近を徘徊し、結果的に、カラオケボックスに落ち着いた。
 駅に近い店で、全国チェーンではない個人運営なだけに、年齢チェックが比較的緩く、地元の高校生たちの溜まり場になっていた。学校の友達と何度かきたことがあり、会員証と兄の健康保険証で難なく受付を通過できた。漆原は身分証明書を所持していなかったが、おれが会員証を持っていたためいっしょに入店できた。
 店内は混雑して、ほとんどの部屋が埋まっているようだったが、さすがにクリスマスイブの夜にカラオケボックスで過ごす恋人同士はすくないようで、男女数人のグループの割合が大きい。アルコールも入っているようで、賑やかな歌声や笑い声が廊下に響いていた。
 おれたちが通されたのは奥の小さな個室だった。ふたりがけのソファが2脚に小型のテーブル。広くはないが、ふたりでつかうにはじゅうぶんだった。
 漆原はもの珍しそうに周囲を見回している。
「なんか不良になった気分」
「不良?」
 思わず噴き出した。ドアを閉め、コートを脱ぐ。
「カラオケくらいみんなきてるだろ」
「でもこんな遅くに……」
 漆原が不自然に言葉を切った。おれが部屋の照明を落としたせいだろう。
「このくらいでいい?」
 完全な暗闇でなく、すこし暗くした程度に設定して、ソファに腰掛ける。漆原もおれの隣に座った。慣れない場所だからか、密室におれとふたりでいるからなのか、丸まった肩が強張って見える。
 薄闇のなか、カラオケの画面では機器メーカーをPRするためのトーク番組や最新曲のミュージックビデオが流れ、けたたましい音楽を響かせている。
「飲みもの取ってくるけど、なに飲む?」
「あ、いっしょに……」
「いいよ。おれ行くから」
「じゃあ……ジュースかなにか」
「わかった。フード選んでて」
 部屋を出て廊下の角を曲がり、慌てて壁に背をつけた。廊下に設置されたドリンクバーの前に4、5人が群がっていた。知った顔だった。おなじ学校のべつのクラスの連中だろう。サッカー部だかバレー部だかで、一様に背が高く、酒でも飲んでいるのか、テンションが高い。
 おれたちの学校の生徒のなかでは知られた遊び場だ。偶然会っても不思議ではない。おれや漆原のことを認識しているかはわからないが、絡まれると面倒だ。高校生の塊がいなくなるのを待って、飲みものを入れた。
 プラスチック製のコップにジュースとコーラを入れて部屋にもどった。漆原はソファに浅く掛けて、背すじを伸ばしてメニューを眺めていた。おれがドアを開けると、顔を上げて微笑んだ。
「おかえり」
「オレンジジュースでよかったか」
「うん。ありがとう」
 おれも椅子に座り、ジュースとコーラで乾杯した。
「メリークリスマス」
「誕生日おめでとう」
「まだあと1時間以上あるけどな」
 ピザやポテトフライといった軽食を腹に入れると、ようやく落ち着いた。
「やっとゆっくりできたな」
 唐揚げを頬張りながら、息をつく。
「歩きっぱなしだったけど、足疲れてないか」
「ううん、だいじょうぶ」
「ごめんな、ほんとに」
「謝らなくていいってば」
 漆原が笑う。
「本当に楽しかったよ。イルミネーションきれいだったし」
「そっか……」
 おれもつられて表情を緩める。
「唐揚げもおいしいし」
 おそらく冷凍だろう唐揚げを口にはこび、漆原はにっこり笑った。おれに気を遣ってくれているのかもしれないが、素直に甘えることにした。
「なんか歌えよ」
 曲をオーダーする電子機器をテーブルに滑らせる。
「ぼくはいいよ。最近の曲とか全然わかんないし」
「なんでもいいから」
「風祭、先歌って」
 カラオケボックスに慣れていないらしい漆原に電子機器の操作を教えてやりながら、曲を入れた。おれがまず無難なヒット曲を歌い、そのあとで漆原が演歌を歌った。海で働く父親の影響か、古い歌が好きなようで、昭和歌謡など数曲を入れた。おれも交互に最新曲を入れたが、漆原の好きな曲のなかに聞きおぼえのある曲があって、いっしょに歌った。
 漆原の歌は決してうまいとはいえなかったが、一生懸命マイクを握っていて、微笑ましかった。ふだん、友達と遊ぶときには、盛り上がる曲やだれもが知っている曲、流行している曲を優先的に選び、自分の好みは二の次だった。考えたことがないといってもいい。拙くても楽しそうに画面を見つめて歌う漆原の姿がおれには眩しかった。無意識のうちに、周囲に空気を合わせていた自分に気づいた。
 小学生のときに放送されていたアニメの主題歌を入れると、漆原が手を叩いて喜んだ。立ち上がって、手振りを加えながら肩を組んで歌うと、渋谷の混雑に巻きこまれた疲労やそれによる気後れなどはいつの間にか消えていた。漆原といっしょだとなにをしていても楽しかった。なによりも背伸びをせず素の自分でいられるのがうれしかった。
「もうちょっとで日付変わるね」
 スマホの画面を確認して、漆原がいう。予約した曲が途切れ、休憩しているときだった。
「もうすぐ18歳」
「そういえば、漆原は誕生日いつ?」
「4月」
「だいぶ早いんだな」
「そう。半年以上お兄さん」
「だからあんな裏ページにたくさんあんのか」
「裏ページ?」
 完全に油断していた。楽しい時間に没頭し、神経が弛緩していた。
「ごめん。なんでもない」
 慌てて取り繕おうとしたが、遅かった。漆原の顔から笑顔が消え、刷毛で色を塗るように首から額まで真っ赤に染まっていった。
「あのページ見てるの?」
「いや……」
「今いったじゃん」
「あー……」
 どうやら逃げられそうにないと悟り、正直に頷いた。
「ごめん。見てた」
「なんで見るんだよ、馬鹿!」
 漆原がソファの上で膝を抱える。
「18歳以下は閲覧不可ってちゃんと書いてあったのに……」
「それは悪かったけど、見つけたら見ちゃうだろ」
「不可っていうのはだめってことなんだから、見たくても我慢しないとだめじゃん!」
 そうとう恥ずかしいのか、漆原は両腕で顔を囲って、背中を震わせている。はじめて小説を読まれたときも羞恥心に身悶えしていたが、数か月後にはドラマ化され、さらに多くのひとの目にふれるものだ。内容もごく健全で、キス以上の描写はなかった。
「いつから見てたの?」
「夏休み頃かな……」
「ぼくに内緒で?」
「怒ると思ったし……エロい目で見られるの、嫌かなって……」
「それはもう知ってる。前に風祭が……」
「もっとエロい想像してる」
 漆原が顔を上げる。なんともいえない眼差しでおれを見る。戸惑っているのはわかっていたが、止められなかった。
「漆原はそういうつもりで書いてないかもしれないけど、勝手に漆原に変換して、夜とか自分の部屋で読みながら……」
「ちょ、ちょっと待って……」
「漆原って、するときこんな感じなのかなとか、感触とか、匂いとか想像してた」
 漆原は完全にパニックになって、言葉も出ないといった様子だった。真っ赤な顔で口を開いては閉じている。
「なんか変にリアルだし、感じかたとかすげえ細かく書かれてて、ひょっとして、漆原、経験あんのかなって思ったり……」
「ないよ! あれは全部本とか漫画見て……」
 おれの言葉を遮って、漆原がつよく否定する。
「デートもはじめてなのに、そんな……」
「デート?」
 おれも漆原の言葉を聞き逃さなかった。ソファの上で身を乗り出し、漆原に迫る。
「今日のこれ、デートなの?」
「ちが……」
「じゃどれのこと? ほかの奴? いつだれとデートした?」
「だれとも……」
「おれだけ?」
 畳みかけるようにいった。
「デートもキスもプレゼントも手つなぐのも全部おれだけ?」
「かざ……」
「綴」
 名前を呼ぶと、漆原の眼球が揺れた。黒い瞳を見つめて、いった。
「おれだけか?」
 漆原が答える代わりに、スマホのアラームが鳴った。おれではなく、漆原のスマホだった。
 自分の画面を確認する。0時ちょうど。隣の部屋からメリークリスマスと叫ぶ声と乾杯の音が聞こえてきた。