譲が荷物をロッカーにしまいこみ、4人でプールに入った。
最後まで抵抗していた漆原だったが、浮き輪に体を乗せて流れるプールを漂っているうちに、リラックスしてきたようで、青空を見上げ両手を広げている。指先で水面を軽く叩いて小さな飛沫をつくりながら、爪先を伸ばす。
「な、気持ちいいだろ」
譲は泳ぎが得意なようで、兄の横をすいすいと平泳ぎですすむ。身長が低く背伸びしている護を背中に乗せて、おれも漆原の浮き輪に近づいた。
「だいじょうぶか、漆原?」
「うん。水が顔につかなかったら平気……」
目を閉じたまま、漆原が微笑む。太陽の光を浴びて、漆原の睫毛がきらきら輝いている。一瞬、目を奪われた。
「風祭くん」
肩を叩かれて、我に返った。おれの首にしがみついていた護が、頭上のウォータースライダーを指さした。
「もっかいあれやる」
「またかよ。さっきも滑っただろ」
「今度は兄ちゃんもいっしょに」
漆原が浮き輪に乗ったまま首を伸ばす。10メートルは超えようかという高さのウォータースライダーを見て、表情を変えた。
「無理無理。兄ちゃんはここで流れてるからみんなで行ってきて」
「だめだよ、兄ちゃんもいっしょに行くの」
譲が浮き輪を圧してプールの淵まで誘導する。漆原は暴れようとしたが、浮き輪から落ちかけて動きを止めた。
さすがは漆原の弟というところか。中学生とはいえ、譲もなかなか強情だ。嫌がる漆原を宥めすかしながら、ウォータースライダーの頂上まで連れてくるのに成功した。
「ほら、兄ちゃん、次おれたちだよ」
漆原は高所も苦手なようだ。10メートルの高さから地上を見下ろし、完全に怯えて膝を曲げて手すりをつかんでいる。
「無理すんな、漆原」
不安げに丸まった肩を擦って、いった。
「怖いんだろ。下降りよう」
漆原が手すりにつかまったまま背後を振り返る。人気のアトラクションなだけに、おれたちの後ろにはすでに長蛇の列ができていて、ひとの波を掻き分けて地上への階段を下りるのは無理でなくとも、かなり顰蹙を浴びてしまいそうだ。
「……いい。行ける」
「だいじょうぶか?」
「せっかく並んだんだし、それに怖くてひとりで降りられない」
「おれがついてってやるよ」
「いいよ。そんなの悪い」
覚悟を決めたように手すりから手を離す。苦手なものは多いが、一度やると決めたら迷わない。
「譲、いっしょに滑ってくれる?」
前に並んでいたカップルが体を前後に重ねていっしょに滑るのを見て、漆原が弟にいった。譲はあっさり断った。
「おれ護と滑るから、兄ちゃんは風祭くんと滑りなよ」
「え」
漆原がおれを見る。おれも慌てた。
「いや、それはちょっと……」
「兄ちゃんがもし溺れでもしたら、おれ助けられないもん。風祭くんのほうが安心」
譲に手を引かれていた護も頷く。頭のいい子たちだ。そしてどうやらおれは自分で思っている以上にこの兄弟から信頼されているらしい。なんとなく、罪悪感をおぼえた。
すまん。おれ、おまえらの兄ちゃんをエロい目で見ちゃってるときあるわ、しかもけっこう頻繁に……
心のなかで手を合わせているうちに、おれたちの順番が巡ってきた。まずは譲と護が滑る。4回目だから慣れたものだ。譲が弟の体を抱えて台に上がり、緊張することもなく長い筒のなかに姿を消した。
「次、どうぞ」
1日数百回はおなじルーティンを繰り返しているであろう係員が合図し、おれたちは台に上がった。さっきのカップルや弟たちがしたように、まずは漆原が筒の淵に座り、漆原の体を挟むように両脚を広げ、おれが背後に座る。前方に両手を回してラッシュガードの腹を支えると、おれの胸と漆原の背がぴったり密着した。
この体勢はかなりまずいのではないだろうか。水面まで数秒としても、冷静でいられる自信がない。頭はどうにかなっても、体のほうが裏切る可能性がある。
咄嗟に手を緩めて体同士の隙間をつくろうとしたが、漆原に驚くほどの力で腕をつかまれた。
「手、離さないで……」
漆原が振り向く。緊張して、怯えた表情だった。
「こわいから……」
「ああ……うん、悪い、ごめん」
両手をもとの位置にもどすと、漆原の両手がおれの両腕に重なった。濡れた掌が腕をぎゅっとつかむ。体が重なり、漆原の髪が鼻先を擽った。塩素の匂いに頭がくらくらして、おれのほうが溺れそうだ。
「早めにお願いします。後ろ、詰まってるんで」
ひとの気も知らず、係員が事務的に促してくる。
「あ、はい」
漆原を抱く腕に力をこめた。耳の裏に唇を寄せ、囁いた。
「漆原、いいか?」
漆原が小さく頷く。かなり神経を張り詰めさせていて、おれの声がいつもとちがうことに気づいていない。両膝を擦り合わせ、爪先をぴんと伸ばして、おれの手首をしっかりつかんでいる。
漆原が頼れるのがおれだけという状況に、途轍もなく興奮していた。もし漆原がもう一度振り返っておれの顔を見たら、水などよりももっと怖がるべき存在だと察するにちがいなかった。腰を圧迫する違和感にも気づいただろう。しかし、幸いにもそんな暇はなかった。もう一度、係員に促され、おれは水の流れるスライダーの底を滑って、前進した。
「いくぞ、漆原」
漆原の体を抱えたまま、ウォータースライダーを滑った。漆原は速度が上がる瞬間に小さく声を上げたが、あとは悲鳴も出ないようで、全身を強張らせて息を詰めていた。
回転する筒を滑り落ちていく。突然、視界が開けたかと思うと、おれたちの体はプールの水に落下していた。
離さないと約束したが、着水の瞬間、体が離れた。水を搔いて浮き上がり、水面に顔を出すと、数メートル離れたところで水飛沫が見えた。漆原が両手足をばたつかせ、必死に自ら逃れようとしていた。
「漆原」
急いで近づき、背後から両腋の下に腕を差し入れて支えてやる。漆原はなおも暴れ、肘が額にあたったが、負けないほどの力で持ち上げてやると、胸まで水面から浮き、大量の酸素を吸ってようやく暴れるのをやめた。
「だいじょうぶか、漆原」
よほど怖かったのか、烈しく咳き込みながら、漆原がおれの首にしがみついてくる。ずぶ濡れの胸がラッシュガードが頬に貼りつき、両脚が腰に巻き付いてくる。水中とはいえ、全体重をかけられ、後ろに倒れないようプールの底で脚を踏ん張った。
「漆原……」
溺れかけてショックを受けている漆原を抱きしめ、邪心を振り払おうと首を振った。
「落ち着けよ、漆原。ほら、もうだいじょうぶ。足つくから」
背中を擦ってやると、漆原はおそるおそる脚を伸ばした。爪先がプールの底をとらえたことを確認し、ようやくすこし体の力を脱いた。それでも完全に安心はできないのか、おれの首に巻いた腕は緩めず、さらにきつく密着してきた。胸同士が擦れあい、膝頭がぶつかりあう。
「う、漆原……」
首を圧迫される苦痛よりもむしろ下半身のほうがつらかった。圧し退けようと腰をつかむが、それ以上の力でしがみつかれる。非力なはずの漆原だが、緊迫した状況でふだん以上の力が出ているのかもしれない。
「漆原、ちょ……くるしいって……」
「……離さないっていったのに」
つらそうな声を漏らし、おれの左頬に自分の頬を擦りつけ、大きく息を吐く。密着した胸が上下する動きが直接伝わってくる。恐怖のせいで縋っているだけだとわかっていても、どうしようもなく胸が高鳴ってしまう。
「漆原、な、もう平気だから」
動揺を隠そうと、無意味に明るい声を出した。強引に顔をはずさせ、目を合わせる。漆原の顔は濡れていたが、泣いているのか、プールの水の飛沫か判別できなかった。
「落ち着いた?」
漆原がようやくおれを見た。瞳が潤み、揺れている。
「風祭……」
「水から上がろう。連れてってやる。さっきのとこもどるか?」
聞くと、細かく顎を震わせて何度も頷いた。
「ここやだ……」
「うん……」
「深いとこ、こわい……溺れそう」
漆原が書いた小説の台詞を彷彿させる言葉が吐息とともに耳の周辺を漂った。
「漆原、おまえ……」
全身の血流が沸騰しそうだった。水のなかにいるのに、体の奥から熱が弾けている。
「耳のちかくで変なこというなよ……」
「変なこと?」
漆原の表情が訝しげに歪み、直後、驚きに変わった。おれの下半身で膨張したものがさっきからずっと臀部の肉を圧し上げていることにようやく気づいたらしい。絶対に離れないといわんばかりに抱きついてきたのにもかかわらず、おれの膝を蹴るようにして身を引いた。爪先でプールの床を滑りながら、身を遠ざける。
「漆原……」
漆原が戸惑い、怯え、怒っているのがわかった。当然だ。男に股間を圧しつけられたら、おれでも激怒する。漆原がおれを好きならともかく、そうではないのだから。
ジャングルで肉食動物を発見した草食動物のように、漆原はおれから目を離すことなく、後ろ向きに距離を取った。じゅうぶんに離れると、踵を返し、一目散に逃げ出した。
「漆原!」
足を滑らせながらもどうにか水から上がり、何度もぶつかりながら、家族連れやカップルの間をすり抜けながらはしっていく。
背後で歓声が聞こえた。制限体重ぎりぎりの巨漢男がスライダーを滑り降りてきた。おれのすぐ後ろで着水し、おれは頭から水を被った。
最後まで抵抗していた漆原だったが、浮き輪に体を乗せて流れるプールを漂っているうちに、リラックスしてきたようで、青空を見上げ両手を広げている。指先で水面を軽く叩いて小さな飛沫をつくりながら、爪先を伸ばす。
「な、気持ちいいだろ」
譲は泳ぎが得意なようで、兄の横をすいすいと平泳ぎですすむ。身長が低く背伸びしている護を背中に乗せて、おれも漆原の浮き輪に近づいた。
「だいじょうぶか、漆原?」
「うん。水が顔につかなかったら平気……」
目を閉じたまま、漆原が微笑む。太陽の光を浴びて、漆原の睫毛がきらきら輝いている。一瞬、目を奪われた。
「風祭くん」
肩を叩かれて、我に返った。おれの首にしがみついていた護が、頭上のウォータースライダーを指さした。
「もっかいあれやる」
「またかよ。さっきも滑っただろ」
「今度は兄ちゃんもいっしょに」
漆原が浮き輪に乗ったまま首を伸ばす。10メートルは超えようかという高さのウォータースライダーを見て、表情を変えた。
「無理無理。兄ちゃんはここで流れてるからみんなで行ってきて」
「だめだよ、兄ちゃんもいっしょに行くの」
譲が浮き輪を圧してプールの淵まで誘導する。漆原は暴れようとしたが、浮き輪から落ちかけて動きを止めた。
さすがは漆原の弟というところか。中学生とはいえ、譲もなかなか強情だ。嫌がる漆原を宥めすかしながら、ウォータースライダーの頂上まで連れてくるのに成功した。
「ほら、兄ちゃん、次おれたちだよ」
漆原は高所も苦手なようだ。10メートルの高さから地上を見下ろし、完全に怯えて膝を曲げて手すりをつかんでいる。
「無理すんな、漆原」
不安げに丸まった肩を擦って、いった。
「怖いんだろ。下降りよう」
漆原が手すりにつかまったまま背後を振り返る。人気のアトラクションなだけに、おれたちの後ろにはすでに長蛇の列ができていて、ひとの波を掻き分けて地上への階段を下りるのは無理でなくとも、かなり顰蹙を浴びてしまいそうだ。
「……いい。行ける」
「だいじょうぶか?」
「せっかく並んだんだし、それに怖くてひとりで降りられない」
「おれがついてってやるよ」
「いいよ。そんなの悪い」
覚悟を決めたように手すりから手を離す。苦手なものは多いが、一度やると決めたら迷わない。
「譲、いっしょに滑ってくれる?」
前に並んでいたカップルが体を前後に重ねていっしょに滑るのを見て、漆原が弟にいった。譲はあっさり断った。
「おれ護と滑るから、兄ちゃんは風祭くんと滑りなよ」
「え」
漆原がおれを見る。おれも慌てた。
「いや、それはちょっと……」
「兄ちゃんがもし溺れでもしたら、おれ助けられないもん。風祭くんのほうが安心」
譲に手を引かれていた護も頷く。頭のいい子たちだ。そしてどうやらおれは自分で思っている以上にこの兄弟から信頼されているらしい。なんとなく、罪悪感をおぼえた。
すまん。おれ、おまえらの兄ちゃんをエロい目で見ちゃってるときあるわ、しかもけっこう頻繁に……
心のなかで手を合わせているうちに、おれたちの順番が巡ってきた。まずは譲と護が滑る。4回目だから慣れたものだ。譲が弟の体を抱えて台に上がり、緊張することもなく長い筒のなかに姿を消した。
「次、どうぞ」
1日数百回はおなじルーティンを繰り返しているであろう係員が合図し、おれたちは台に上がった。さっきのカップルや弟たちがしたように、まずは漆原が筒の淵に座り、漆原の体を挟むように両脚を広げ、おれが背後に座る。前方に両手を回してラッシュガードの腹を支えると、おれの胸と漆原の背がぴったり密着した。
この体勢はかなりまずいのではないだろうか。水面まで数秒としても、冷静でいられる自信がない。頭はどうにかなっても、体のほうが裏切る可能性がある。
咄嗟に手を緩めて体同士の隙間をつくろうとしたが、漆原に驚くほどの力で腕をつかまれた。
「手、離さないで……」
漆原が振り向く。緊張して、怯えた表情だった。
「こわいから……」
「ああ……うん、悪い、ごめん」
両手をもとの位置にもどすと、漆原の両手がおれの両腕に重なった。濡れた掌が腕をぎゅっとつかむ。体が重なり、漆原の髪が鼻先を擽った。塩素の匂いに頭がくらくらして、おれのほうが溺れそうだ。
「早めにお願いします。後ろ、詰まってるんで」
ひとの気も知らず、係員が事務的に促してくる。
「あ、はい」
漆原を抱く腕に力をこめた。耳の裏に唇を寄せ、囁いた。
「漆原、いいか?」
漆原が小さく頷く。かなり神経を張り詰めさせていて、おれの声がいつもとちがうことに気づいていない。両膝を擦り合わせ、爪先をぴんと伸ばして、おれの手首をしっかりつかんでいる。
漆原が頼れるのがおれだけという状況に、途轍もなく興奮していた。もし漆原がもう一度振り返っておれの顔を見たら、水などよりももっと怖がるべき存在だと察するにちがいなかった。腰を圧迫する違和感にも気づいただろう。しかし、幸いにもそんな暇はなかった。もう一度、係員に促され、おれは水の流れるスライダーの底を滑って、前進した。
「いくぞ、漆原」
漆原の体を抱えたまま、ウォータースライダーを滑った。漆原は速度が上がる瞬間に小さく声を上げたが、あとは悲鳴も出ないようで、全身を強張らせて息を詰めていた。
回転する筒を滑り落ちていく。突然、視界が開けたかと思うと、おれたちの体はプールの水に落下していた。
離さないと約束したが、着水の瞬間、体が離れた。水を搔いて浮き上がり、水面に顔を出すと、数メートル離れたところで水飛沫が見えた。漆原が両手足をばたつかせ、必死に自ら逃れようとしていた。
「漆原」
急いで近づき、背後から両腋の下に腕を差し入れて支えてやる。漆原はなおも暴れ、肘が額にあたったが、負けないほどの力で持ち上げてやると、胸まで水面から浮き、大量の酸素を吸ってようやく暴れるのをやめた。
「だいじょうぶか、漆原」
よほど怖かったのか、烈しく咳き込みながら、漆原がおれの首にしがみついてくる。ずぶ濡れの胸がラッシュガードが頬に貼りつき、両脚が腰に巻き付いてくる。水中とはいえ、全体重をかけられ、後ろに倒れないようプールの底で脚を踏ん張った。
「漆原……」
溺れかけてショックを受けている漆原を抱きしめ、邪心を振り払おうと首を振った。
「落ち着けよ、漆原。ほら、もうだいじょうぶ。足つくから」
背中を擦ってやると、漆原はおそるおそる脚を伸ばした。爪先がプールの底をとらえたことを確認し、ようやくすこし体の力を脱いた。それでも完全に安心はできないのか、おれの首に巻いた腕は緩めず、さらにきつく密着してきた。胸同士が擦れあい、膝頭がぶつかりあう。
「う、漆原……」
首を圧迫される苦痛よりもむしろ下半身のほうがつらかった。圧し退けようと腰をつかむが、それ以上の力でしがみつかれる。非力なはずの漆原だが、緊迫した状況でふだん以上の力が出ているのかもしれない。
「漆原、ちょ……くるしいって……」
「……離さないっていったのに」
つらそうな声を漏らし、おれの左頬に自分の頬を擦りつけ、大きく息を吐く。密着した胸が上下する動きが直接伝わってくる。恐怖のせいで縋っているだけだとわかっていても、どうしようもなく胸が高鳴ってしまう。
「漆原、な、もう平気だから」
動揺を隠そうと、無意味に明るい声を出した。強引に顔をはずさせ、目を合わせる。漆原の顔は濡れていたが、泣いているのか、プールの水の飛沫か判別できなかった。
「落ち着いた?」
漆原がようやくおれを見た。瞳が潤み、揺れている。
「風祭……」
「水から上がろう。連れてってやる。さっきのとこもどるか?」
聞くと、細かく顎を震わせて何度も頷いた。
「ここやだ……」
「うん……」
「深いとこ、こわい……溺れそう」
漆原が書いた小説の台詞を彷彿させる言葉が吐息とともに耳の周辺を漂った。
「漆原、おまえ……」
全身の血流が沸騰しそうだった。水のなかにいるのに、体の奥から熱が弾けている。
「耳のちかくで変なこというなよ……」
「変なこと?」
漆原の表情が訝しげに歪み、直後、驚きに変わった。おれの下半身で膨張したものがさっきからずっと臀部の肉を圧し上げていることにようやく気づいたらしい。絶対に離れないといわんばかりに抱きついてきたのにもかかわらず、おれの膝を蹴るようにして身を引いた。爪先でプールの床を滑りながら、身を遠ざける。
「漆原……」
漆原が戸惑い、怯え、怒っているのがわかった。当然だ。男に股間を圧しつけられたら、おれでも激怒する。漆原がおれを好きならともかく、そうではないのだから。
ジャングルで肉食動物を発見した草食動物のように、漆原はおれから目を離すことなく、後ろ向きに距離を取った。じゅうぶんに離れると、踵を返し、一目散に逃げ出した。
「漆原!」
足を滑らせながらもどうにか水から上がり、何度もぶつかりながら、家族連れやカップルの間をすり抜けながらはしっていく。
背後で歓声が聞こえた。制限体重ぎりぎりの巨漢男がスライダーを滑り降りてきた。おれのすぐ後ろで着水し、おれは頭から水を被った。



