イメージとはおそろしいものだ。小説を読んでの印象から、おれは勝手に、漆原が純愛映画やファンタジー映画を選択するものと思い込んでいた。
「だいじょうぶ?」
漆原が目の前の自動販売機で買ってきてくれたミネラルウォーターを口に含んだが、すぐに吐き出してしまった。映画館の前でおれは無様に座り込んでいた。ブランドもののシャツが吐瀉物で汚れている。
「ホラー苦手なんだったらいってくれたらよかったのに」
漆原のいうとおり、伝えるべきだった。しかし、どうしても観たかった作品のディレクターズカット版だと声を弾ませる漆原を見ていると、いえなかった。
おれは漆原のことをなにも知らない。熱狂的なホラーファンだという情報も、当然ながら、つかんでいなかった。
いや、漆原に譲ったのではない。漆原の物語の主人公であるべき自分に苦手なものがあると知られたくなかったのだ。
耐えられると思っていた。しかし、夢見がちな乙女体質だと思い込んでいた漆原のリクエストは、腸が飛び出る血みどろのスプラッターで、直視に堪えない凄惨な殺戮シーンのオンパレードなうえ、ラストシーンにはおれがこの世でもっとも恐れる殺人ピエロまで登場する始末だった。
5歳の頃に家族で出かけたサーカスで巨体のピエロに脅かされて以来のピエロフォビアだ。タイトルにもポスターにも登場しなかった特別ゲストの殺戮者は、おれのトラウマを狙い撃ちした。覚悟が整っていなかったおれは、エンドクレジットの途中で、食べていたポップコーンとコーラを盛大に吐き出した。
「全然知らなくて、ほんとにごめんね」
SNSで発信していたのは得意なことだけで、苦手なことは一言も発していなかった。漆原が知らないのも無理はない。くだらない自意識の結果がこれだ。
「もう帰ろう」
おれの背中を摩りながら、漆原は泣きそうな顔になっていた。楽しい日にするはずだったのに。こんな顔をさせるはずではなかった。
「いや、だいじょうぶ」
漆原の手を借りながら立ち上がる。
「だいじょうぶそうに見えないよ」
半身を密着させておれの腕を支え、漆原は心配そうに眉を顰める。
「帰ったほうがいいって。ゆっくり休んで……」
「だいじょうぶだって!」
漆原の言葉を遮り、声を荒らげた。漆原の表情に不安と驚愕が浮かぶ。慌てて笑顔をつくった。うまくできているとはとても思えなかった。かろうじて、いった。
「メシ食って帰ろう」
取り繕ったつもりだったが、成功はしていなかった。昼食は取っていなかったが、食事ができる体調とは思えない。漆原の表情は曇ったままだ。
「腹減ったし。行こう」
ふらつく足取りで映画館のロビーを出る。漆原は躊躇いながらもついてきた。
「なんか食いたいのある?」
必死で平静を装っているつもりだったが、通りがかかったカップルがおれの顔を見て表情を歪めるのをみたところ、自分で思っているほどうまくいっていない。
「近くのカフェとかレストラン、ネットで探してみるか?」
「うん……」
ミネラルウォーターのボトルを腹の前で握りしめ、漆原は気まずそうに俯いている。
「あの、実はね……」
「なに?」
漆原がおずおずと顔を上げた。上目遣いでおれを見る漆原の後ろにスプラッター映画のポスター。斧を振り上げる血まみれの殺人鬼と目があった。おれは何度目かの嘔吐で高級なシャツをもはや着ていられないほどに汚した。
「だいじょうぶ?」
漆原が目の前の自動販売機で買ってきてくれたミネラルウォーターを口に含んだが、すぐに吐き出してしまった。映画館の前でおれは無様に座り込んでいた。ブランドもののシャツが吐瀉物で汚れている。
「ホラー苦手なんだったらいってくれたらよかったのに」
漆原のいうとおり、伝えるべきだった。しかし、どうしても観たかった作品のディレクターズカット版だと声を弾ませる漆原を見ていると、いえなかった。
おれは漆原のことをなにも知らない。熱狂的なホラーファンだという情報も、当然ながら、つかんでいなかった。
いや、漆原に譲ったのではない。漆原の物語の主人公であるべき自分に苦手なものがあると知られたくなかったのだ。
耐えられると思っていた。しかし、夢見がちな乙女体質だと思い込んでいた漆原のリクエストは、腸が飛び出る血みどろのスプラッターで、直視に堪えない凄惨な殺戮シーンのオンパレードなうえ、ラストシーンにはおれがこの世でもっとも恐れる殺人ピエロまで登場する始末だった。
5歳の頃に家族で出かけたサーカスで巨体のピエロに脅かされて以来のピエロフォビアだ。タイトルにもポスターにも登場しなかった特別ゲストの殺戮者は、おれのトラウマを狙い撃ちした。覚悟が整っていなかったおれは、エンドクレジットの途中で、食べていたポップコーンとコーラを盛大に吐き出した。
「全然知らなくて、ほんとにごめんね」
SNSで発信していたのは得意なことだけで、苦手なことは一言も発していなかった。漆原が知らないのも無理はない。くだらない自意識の結果がこれだ。
「もう帰ろう」
おれの背中を摩りながら、漆原は泣きそうな顔になっていた。楽しい日にするはずだったのに。こんな顔をさせるはずではなかった。
「いや、だいじょうぶ」
漆原の手を借りながら立ち上がる。
「だいじょうぶそうに見えないよ」
半身を密着させておれの腕を支え、漆原は心配そうに眉を顰める。
「帰ったほうがいいって。ゆっくり休んで……」
「だいじょうぶだって!」
漆原の言葉を遮り、声を荒らげた。漆原の表情に不安と驚愕が浮かぶ。慌てて笑顔をつくった。うまくできているとはとても思えなかった。かろうじて、いった。
「メシ食って帰ろう」
取り繕ったつもりだったが、成功はしていなかった。昼食は取っていなかったが、食事ができる体調とは思えない。漆原の表情は曇ったままだ。
「腹減ったし。行こう」
ふらつく足取りで映画館のロビーを出る。漆原は躊躇いながらもついてきた。
「なんか食いたいのある?」
必死で平静を装っているつもりだったが、通りがかかったカップルがおれの顔を見て表情を歪めるのをみたところ、自分で思っているほどうまくいっていない。
「近くのカフェとかレストラン、ネットで探してみるか?」
「うん……」
ミネラルウォーターのボトルを腹の前で握りしめ、漆原は気まずそうに俯いている。
「あの、実はね……」
「なに?」
漆原がおずおずと顔を上げた。上目遣いでおれを見る漆原の後ろにスプラッター映画のポスター。斧を振り上げる血まみれの殺人鬼と目があった。おれは何度目かの嘔吐で高級なシャツをもはや着ていられないほどに汚した。


