蛇婿入り(仮題)


 誠は縁側に置かれた座椅子に身体を預け、降りしきる雨を眺めていた。中庭の見事な景観も、灰色に曇って見える。母屋の騒がしさは激しい雨音で掻き消された。雨に包まれた離れは、少し黴臭い。
 頭痛がする。朝食をとった後、頭痛やめまいに耐えられず、一日寝過ごしてしまった。警察の聴取は明日以降に回されたらしい。双刃が気を利かせてくれたのだろう。
 こんなに酷い風邪をひいたのは久しぶりだ。小学生の頃、インフルエンザにかかり誰も居ないアパートの一室でただ寝かされていた。薄茶色に変色した壁紙の端がめくれ上がり、木の天井が見えていた。母の帰りを待つ間、まんじりともせず雨の音を聞いていた。
 一人では、離れから出ることもままならない。
 頭がぼんやりする。
「誠くん。寝てなくちゃだめでしょう?」
 いつの間にか、双刃が背後に立っていた。
「調子が良くなってきたんです」
「無理は禁物ですよ」双刃は、ゴーヤの炒め物と焼き魚、吸い物をテーブルに並べた。
「……すみません、食欲なくて」
「ちゃんと食べないと、治るものも治りませんよ」
 誠は重たい身体を引きずって食卓についた。料理はどれも湯気を立ち上らせており香りも良いが、どうにも食べる気がしない。
「ごめんなさい、俺やっぱり───」
「ほら、口開けてください」双刃は焼き魚の身をほぐして箸でつまむと、誠の口もとに差し出した。
「いや、その」
「恥ずかしがらなくて大丈夫ですよ。誰も見ていませんから、ね」
 押し切られる形で口に魚を押し込まれた。程よい塩気と香ばしさ。食欲は相変わらずない。双刃は、満足そうににこにこしながらゴーヤをつまんでいる。
「わかりました、食べますから。自分で食べます」
 双刃は時々子供っぽい。年上の男とは思えないように無邪気に笑う。かと思えば、無機質で冷たいときもある。
 ただ、彼には抗いがたい引力がある。
「ひどい雨ですね」双刃は窓の外を見やった。
 日がほとんど落ちきって、離れの外は何も見えなくなっている。
 双刃はあまりにも普段通りだ。朝の出来事などまるで覚えていないかのように。
 首の無い男。足の下に広がる血の感触。嘘のようで嘘ではない。
 ずっと引っ掛かっている。
「……稲荷さんは、どんなふうに死んでいたんですか」
「首が無い状態で発見されました……それも、夢で見たんですか?」
 誠は答えなかった。
 正面玄関で正座していた、首から上の無い男。足にこびりついた血。
 これは何を意味しているのか。
「大丈夫ですよ、誠くん。何があっても、私がきっと守ってあげますから」双刃が言った。
 双刃は、魚をつついていた橋を置くと、誠の手を包むように撫ぜた。
「どういう意味ですか」
「別に深い意味はありませんよ。誠くんが、不安そうな顔をしていたから」
 双刃は微笑んだ。花が綻ぶような笑みだった。